サッカーはファンの顔を見よ! スーパーリーグ構想に想う【リーガコラム】
忘れられない光景がある。
昨年2月コロナ禍の直前、アスレティック・ビルバオへ取材に行った。朝練習に間に合う時間の電車に乗ると、コートのポケットにスポーツ新聞をねじ込んだおっさんが何人か乗っていた。向かう先はトップチームの練習場。周りの若者グループがスマホでの記念撮影に余念がない中、おっさんたちはそれぞれお気に入りの場所に立ち一人で無言でグラウンドをにらんでいた。まるで選手のやる気具合をチェックするかのように。それが日課で、半分は習慣で、残り半分はアスレティック・ビルバオとサッカーを愛しているからだろう。
芝生の上ではムニアインやウィリアムズがじゃれあって結構リラックスした雰囲気で、あまり監督の言うことを聞かずにボールを蹴っている。蹴り損ねるとクソ!とか、それ以上の思わず漏れる罵倒語がまる聞こえで見物者からは笑いも起きるのだが、おっさんたちの頬は緩まない。
練習場通いが日課のおっさんファン
練習場にはスポーツディレクター、ラファエル・アルコルタ——レアル・マドリードやスペイン代表でプレーした往年の名選手だ!——も来ていたがすぐに行ってしまった。日本の野球グラウンドにもネット越しにキャッチボールを熱心に眺めるおっさんたちがいると聞くが、多分、おっさんたちはアルコルタやそこいらのテクニカルスタッフよりもたくさんの練習を見ているはずだ。もうリタイヤして家では奥さんにうっとおしがられているのかもしれないが、ここには大好きな居場所がある。
私もいずれ引退したら、こういうおっさんになりたい。選手の出来を誰に頼まれたわけでもないのにチェックするおっさんとして、午前中のひと時を送りたい。
「女子は優しいなあ!」
金網に張り付くことを許されて見学していたダウン症の子どもたちの一人が声を上げた。男子は金網の向こうだが、女子プロチームの選手たちは見学席を通って練習グラウンドへ向かう。その時に一緒に写真を撮ったり、ハイタッチしたりしてもらったりしていた。
アスレティック・ビルバオは今では数少なくなった、練習の一般公開をするクラブの一つだ。公開禁止なんて、地元生まれまたは地元育ちの選手だけでチームを作るフィロソフィーに反している。ビルバオにいた数日間、少年からトップチームまで練習や試合をたっぷり見た。誰でも自由にグラウンドを移動しながら各年代のプレーを一日中だって見ることができる。ゲートには警備員なんかいなかった。
地元への還元をケチるクラブたち
「駄目なところばかり真似するんだ」
練習非公開が流行していることについて、あるビッグクラブの広報担当者はため息をついた。ある有名監督が来て以来まず一般公開が禁止となり、次に取材者への公開にも制限が付いた。今はカメラマンにだけ開始15分間だけ扉が開かれる。ウォーミングアップだけ見ても得られるものは何もない。自身もジャーナリストだった広報は申し訳なさそうだったが、最近の監督たちはみな非公開を要求するのだそうだ。
サッカーは地元から離れつつある。
ロナウジーニョやデコがいた頃は、バルセロナの育成施設にあった金網にしがみついて練習を見学するファンやツーリストがたくさんいた。華麗なパス回しを披露するのはクラブにとっては重要なファン獲得策かつファンサービスだった。サッカー少年たちは憧れの選手たちを間近で見てプロになることを、アマチュア指導者たちはプロのメソッドを学ぶことでカンプ・ノウのベンチに座ることを夢見たが、そういう草の根の交流は断たれる寸前だ。
その一方で、サッカーは別の扉を開いた。
世界への扉である。
スペインには数十万のファンしかいないかもしれないが、世界には数千万のファンがいる。試合が「コンテンツ」と呼ばれる今、どちらが「市場」として魅力的なのかは明らかである。
私はラ・リーガが日本や世界へ放送されることは素晴らしいことだと思っている。リーガの国際化が各クラブへ莫大な収入をもたらしコンペティションのレベルを上げていること、リーガが身近な存在になって日本人選手が増えていることはスペインと日本にとっても大変有意義なことだ。
だが、各クラブには世界の視聴者だけでなく地元のファンのことを忘れて欲しくない。無観客になってみて、いかにファンの声援やブーイングがパフォーマンスに影響を与えるかを監督や選手たちは日々ひしひしと感じているはずなのだ。
ファンとお別れをしたい(ホアキン)
「このまま引退では悲し過ぎる」
昨年11月、ベティスのホアキンにインタビューした時に無観客について聞くとそんな言葉を漏らした。39歳の彼にはスパイクを脱ぐ時が近づいているが、「もう一度ファンの前でプレーしたい」という願いが現役続行の原動力になっていた。当時は決めかねていたが、最近のニュースで1年の現役続行を決めた、と出ていた。ファンの前でお別れをしたいという思いはぜひ実現してほしいし、引退試合には私も満員のベニート・ビジャマリンへぜひ足を運びたい。
欧州の超ビッグクラブだけが集まって欧州スーパーリーグを開催する、というニュースを悲しさと憤りを持って受け止めた。
参加チームは国内リーグの順位とは無関係に固定。つまり地元を忘れるどころか所属国さえも忘れようとしているのだ。どんなに経済的な格差があっても弱小クラブがビッグクラブを倒すチャンスは常にあり、それがサッカーの公平性であり素晴らしいところなのだが、そんなスポーツ的なメリットは「世界的に魅力的なコンテンツでないから」という理由で無視され、中堅以下には参戦資格がない。その代わりに超ビッグクラブは、国内リーグでどんな散々な成績に終わっても出場枠は確保されている。
お金持ちのエリートだけが集まって内うちで商売をし、エリートをホームスタジアムに迎えたり、たまに欧州カップ戦に参戦することで、経済的な利益とプレステージを得る中堅以下のことなど考えない。サッカー発展途上国やクラブへの資金援助などの社会的還元をせず、売上高は内うちで山分けする。そんな彼らの発想法からすれば、ラ・リーガよりも欧州スーパーリーグの方が利益が大きいとなれば、どういう選択をするか明らかである。
サッカーは生まれた場所、国を忘れるべきではない。エリートたちは大多数のそうでない者を切り捨てるべきではない。君たちは国内リーグのリーダーであり、他のクラブの目標であり、成功モデルの模範であり、全世界に広がったファンの憧れの対象なのだから。
photo by Getty Images
text by 木村浩嗣
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