クラシコ、監督ジダンの戦術的・戦略的完勝のわけ【リーガコラム】
最後にイライシュのシュートが枠に当たったことで接戦との後味が残ったが、内容的にはレアル・マドリードの順当な勝利だった。
バルセロナファンは言うだろう。あのブレイスウェイトが倒れたプレーがPKだったら、ポストに嫌われたメッシのCKが入っていたら……と。レアル・マドリードファンの方にも言い分があるはずだ。あのフェデ・バルベルデとヴィニシウスのシュートがポストに嫌われていなければ……と。いずれも確かに勝敗を左右するものだったが、結局はタラレバでしかない。
別の見方をしてみよう。
レアル・マドリードのMVPは誰だったか? おそらくヴィニシウスかベンゼマだろう。対してバルセロナの方は? ミンゲサ? ここにメッシやデンベレの名前が挙がってこない点に、バルセロナの劣勢が集約されている。
ハーフタイムに戦術的交代を余儀なくされたのはどちらだったか? 3バックから4バックに変更したバルセロナである。前半を終えて2-0。どちらのプランが機能したかは明白である。
ジダンの細工が的中。まだ青いバルセロナ
ジネディーヌ・ジダン対ロナルド・クーマン、監督対決では前者の完勝だった。両者の差は、詰まるところはクラシコ用に特別な対策をしたか否かではないか。
ジダンは連続試合ゴールを記録中のアセンシオを外してフェデ・バルベルデを右サイドに入れた。MFを1枚増やしたわけだが、これはバルセロナ相手に他のチームがやるようなボール支配力アップのためではなく、ジョルディ・アルバ対策だった。バルベルデがほぼマンツーマンでアルバに付けて裏への突破を許さず、メッシのコネクションを断絶することに成功。攻撃面ではバルベルデのドリブルに飛び込んだアルバがかわされたことが、ルカス・バスケスのアシスト、ベンゼマのヒールキックによる先制点に繋がる。
次に、デンベレへのマーク役をエデル・ミリトンに命じて完封した。これ、システム図の並び通りだと右側のデンベレに対面になるのは左CBのナチョ・フェルナンデスなのだが、ミリトンを選んだのはよりスピードがあるからだろう。
もっとも、この完封劇にはCFとしてのデンベレの経験不足も貢献した。デンベレは中央前に残って最終ラインと駆け引き役に徹した。ラインを下げてできたスペースをメッシやペドリに使わせるためだ。が、ナチョやメンディが前に出て行った際に、彼らの背後のスペースを突く動きは一切見せず、不動のままだった。デンベレのCF起用には得点力アップというプラスがあったのだが、サイドのドリブラーである彼に、昨季までのルイス・スアレスが見せていたような適宜サイドへ流れる動きを要求するのは酷だった。
FKの壁に入って絶対にやってはいけない、アマチュアでも雷を落とされるレベルの、ボールから逃げて目を離すプレーで2失点目のきっかけを作ったデストといい、今季大幅に若返ったバルセロナは個々の経験不足が大舞台(クラシコ2試合、CLパリ・サンジェルマン戦1st Leg、コパ・デル・レイ準決勝セビージャ戦1st Leg)での弱さに出ているように思う。
カウンターはファウルで止められたはず
一方、クーマンはこのクラシコに向けて特別な対策をしただろうか?
例えば絶好調のヴィニシウスに特別なマーカーを付けただろうか? 左サイドのヴィニシウスに対してのマークはシステム図の並び通りにミンゲサだったが、ここはよりスピードのあるアラウホに対応させる手もあったのではないか?
いずれにせよ、ミンゲサにしてもアラウホにしてもファウルで止める意識が薄かった。
レアル・マドリードの攻撃はシンプルだった。自陣深くでボールを奪い返した場合(レアル・マドリードはポゼッションを放棄しているのでこちらが大半)は、セカンドトップのヴィニシウスも下がっているので、いきなり彼にロングボールを入れるオプションはない。よって、前線に張るベンゼマが下がって来て一度彼にボールを当てて時間を作り、その間にサイドを駆け上がったヴィニシウスへロングボールを送り込む。マーク関係は当初ベンゼマにアラウホとミンゲサが付いており、ミンゲサが剥がれてヴィニシウスへ対応する。一方、自陣浅いところでボールを奪った場合は、間髪入れずヴィニシウスへボールを出すオプションも生まれる。
どちらのパターンでも最終的にはベンゼマ対アラウホ、ヴィニシウス対ミンゲサの1対1ができていた(左CBのラングレはジョルディ・アルバの背後のケアのために特定のマーク相手がおらず“浮いている”状態)。後ろが1対1になるのは前からプレスを掛けるチームの構造的な弱点なのだが、ここでアラウホとミンゲサはベンゼマとヴィニシウスを倒す、つかむ、という選択をしなかった。走り出してから足を引っ掛けるとイエローカードをもらうが、背後から押し倒しても単なるファウルである。しかも、その位置は限りなくセンターラインに近いリスクのない場所のはずなのだ。正々堂々とスピード勝負を挑んだのはやはり若さか。足が遅いこともあるが、ピケだったら迷わずファウルでプレーを切っただろう。
支配率3割もアンチフットボールではない
ジダンのゲームプランはリヴァプール戦の1st Legと同じだった。前からプレスを掛けず下がってカウンターの機会をうかがう。ボールを奪えば、すでに説明したようにヴィニシウスに直接出すか、ベンゼマを経由してヴィニシウスを走らせる。
プレスのメカニズムをもう少し詳しく説明すると、ボールロストの瞬間には相手のカウンターを遅らせるために最もボールに近い者が一応プレスには出る(迎えに出る形)。これは「奪い返すためのプレス」ではなく「遅らせるためのプレス」なので、相手にバックパスや横パスをさせれば終了。それ以外の者はその隙に下がってスペースを埋める。
バックパスへの深追いはせず、相手の前進に応じてアコーディオンのひだを縮める格好でライン間を詰めるから、自陣に深く引きこもれば引きこもるほどスペースはなくなる。例外的に前からプレスを連動して掛けるのは、バルセロナ陣内にある程度ボールをキープして侵入し、周りに味方選手が揃っている時、言い換えれば後方が相手のアタッカーと1対1の数的同数になっている時だけだった。
スペースがなくて苦労しない選手はいないが、特にペドリ、デンベレが消えてしまうことと、速い攻守の切り替えにペドリ、セルヒオ・ブスケツ、デ・ヨングの戻りが遅いことはパリSG戦で実証済みだった。これに欧州一激しいリヴァプールのプレスをボール回しで無効化できていた自信が重なり、ジダンは引いて守ってカウンター、という戦い方を選択したのだろう。
クラシコでのレアル・マドリードのボール支配率は31%だった。
この数字だけ見ると、数年前ならば“アンチフットボール”というレッテルを貼られかねない低さである。だが、試合を実際に見た者ならそういう形容をする者はいないだろう。
「ボールがなければ攻められない」というクライフの言葉は正しく、バルセロナ相手にこの数字では自陣から出られずシュートの雨を浴びせられるのが普通。だが、レアル・マドリードほどの技術があれば決定的なチャンスの数で上回ることができるのだ。
二兎を追って二兎を得た、ジダンの会心
レアル・マドリードの勝利という結果だったので、クーマンには厳しい言葉が続いたが、以上のことはもちろん結果論である。小細工抜きで現時点でのベストの布陣と顔ぶれでぶつかる、という試合の臨み方は有効だし、それ自体は悪くない。ただ、結果が悪かっただけで。
ちなみに、ブレイスウェイトの転倒にVARが介入しなかったのは、VARが見逃したからではなく、主審の判断にVARも異議がなかったから。クーマンは抗議する前にやるべきことがあったはずだ。
ジダンの采配がクーマンのそれを上回ったのは、あの激しい雨が降る寒い芝生の上だけのことではない。ジダンは60分に予定通りバルベルデを下げ、70分にこれまた予定通りベンゼマ、ヴィニシウス、クロースを下げた。リヴァプール戦の2nd Legに備えての温存だった。点差は1点、追いつかれたり逆転されたりすれば必ず批判されたであろうリスキーな采配だ。
実際この3人代えからバルセロナが押し込み始め、「二兎を追う者は一兎をも得ず」になる可能性も大いにあったが、ジダンはこのギャンブルにも勝った。クラシコでの「戦術」だけでなく残り日程を考慮した「戦略面」でも勝利したのだ。
残り8試合、アトレティコ・マドリード、レアル・マドリード、バルセロナが勝ち点2差でひしめく優勝争いは、ますます面白くなった。
photo by Getty Images
text by 木村浩嗣
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