【木村浩嗣コラム】監督は変化する。アトレティコ・マドリードはなぜ強くなったのか?
text by 木村浩嗣
サッカーは何が起こるかわからない。が、アトレティコ・マドリードの優位は誰も否定できない。
19試合を消化し勝ち点50はバルセロナ、レアル・マドリードと10ポイント差で、彼らよりも試合消化数が1つ少ない。素晴らしいのが得失点のバランスだ。得点40はバルセロナと1差の2位、失点10は1位。得失点差30はもちろん1位。得点王(ルイス・スアレス 14ゴール)と最少失点GK(オブラク)とアシスト王(アンヘル・コレア 6アシスト)がチームにいる。
2強の取りこぼしが目立っているが、それがなくても100ポイント台に乗るハイペースではついて行けたかどうか……。
とにかく強い。その理由はディエゴ・シメオネ監督の変化にある。
シメオネは「豹変」した
私の大好きな言葉に「君子は豹変す」というのがある。
ベッカムを戦力外と見なしていたカペッロが、ある日突然彼を使い始め、ベッカムもそれに応えレアル・マドリード時代最高のプレーを見せた。その時メディアに問われてこの言葉を使った。スペイン語では「Rectificar es de sabios」と言う。直訳すると「賢人のみが訂正できる」。賢人でないゆえに意見をコロコロ変える「朝令暮改」とは違う。
私たちは何となく、意見を変えないことが良いことだと思っている。主義を貫く、ことは普通あるべき態度だとされる。しかし、間違った時にはすぐさま訂正する勇気を持つことも同じくらい大事だ。
優秀な監督というのは変化する監督だと思う。
ポゼッション一本槍とかカウンター一徹とかは見た目、美学なのだが、いつか勝てなくなる。よって、選手を変え、ポジションを動かし、時にチームの設計思想であるシステムや戦術も変える。1つの戦術よりも2つの戦術を使い分けられる方が、勝つために有利なのは論を待たない。
もっとも、少年チームの指導者としては最初から“ボールを持っても持たなくてもどっちでもいいよ”とは言えなくて、最初は「ポゼッションする」という「原則」を強要して、それができるようになれば「長く蹴ってもよい場合」という例外を教えていく。そうしないとどっちつかずになる。
得点力を上げた戦術的な幅
今季のリーガもいくつかの監督の変化を見た。
解任されてしまったが、アラベスの前監督パブロ・マチンはセビージャ監督時代は3バック一辺倒だったが、4バックも使えるようになっていた。アスレティック・ビルバオのマルセリーノ・ガルシア・トラル監督は、バレンシア時代の成功モデル:受動的なロングカウンターではなく、プレッシングサッカーでチームを立て直しつつある(そんな中、エイバルのホセ・ルイス・メンディリバル監督はいつものサッカーを貫いている。これはこれでその信念には魅了される)。
一番変わったのが、シメオネだと思う。
その変化はさっきの数字に出ている。いつもの彼のチームからすると得点の40は明らかに多い。最少失点で得点は2強から引き離された3位で、最終順位は2位か3位でフィニッシュする、というのがシメオネ政権下の今までのパターン。堅守速攻のスタイルで1点差勝ちが多いのが例年だが、今の得失点差30だと2点差勝ちも半分くらいある計算だ。
システムもこれまでは[4-4-2]一辺倒だった。
これは“まずプレスをかけ相手の攻撃を遅らせてから引いてコンパクトに守る”というシナリオには最適の並び。2トップなのも“後方からのロングボールをカウンターの着手とする”というのに都合が良い。が、今は[3-5-2](リードしたら[5-3-2])を使っている。
これによってシナリオも変化した。
“3バックだとGKからのボール出しが容易で、長く蹴らなくても済む。よって、ボールがある程度持てる。ボールが持てるからラインを下げる必要もなくなり、ロングカウンター一辺倒でなくてもよい”。
今のアトレティコはボールを持っても、放棄してもどっちでも戦えるチームになっている。
選手を生かした配置・役割転換
もっとも、一番変わったのは選手たちだ。
レアル・マドリード時代守備的MFだったマルコス・ジョレンテがFWで使えるなんて、シメオネでなければ誰が思い付いたろう? 左サイドの突破要員だったルマールは、今は左インサイドMFでもセカンドトップでも、時にはボランチでも使われ、タッチとパスの巧みさを見せている。カラスコは[4-4-2]の左ウイング時代には走る距離が長過ぎたり短過ぎたりしていたが、3バックの左サイドなら長く走れ、かつ高い位置取りができるので、持ち味がより生きるようになった。緊急事態時の左SBとして守備で苦労していたサウールも、3バックの左サイドなら守備の負担が軽くなり、持ち前の攻撃力が出せるようになった。コケはやはり視野の広いセンターの方が、活躍できる。コレアのアナーキーなドリブルが効率的になったのは、セカンドトップから右サイドへ動かされてからだ。
ルイス・スアレスだけは変わらずゴールを量産し続けているが、今季のアトレティコには、新ポジションで成功した者がたくさんいる。彼らが複数のポジションで複数の役割がこなせるようになったことは、もちろんシメオネの采配の幅、戦術の幅、ゲームプランの幅に反映されている。
3バックは当初案ではなかった?
ジョアン・フェリックスが連続して先発メンバーから外されたこともあった。途中交代され怒ってからだったと思う。ジョレンテ、コレア、ルマールが競争相手にいるとなれば、早熟の天才もうかうかしてられない。そういうお灸も幅があるからこそすえられるのだ。
ところで、この3バックへの変化は狙ったものではない可能性もある。シーズン当初は4バックでスタートしていたからだ。
左CBのエルモーソはエスパニョール時代に左SBとしてもプレーし、足下の技術があるのでボール出しのキーマンになっている。が、彼を獲った時は、サヴィッチとホセ・マリア・ヒメーネスの控えであって、3バックの左で使うことは想定していなかったはずだ。昨季、サウールまで動員した左SBで使ってみてある程度使えることがわかったこと、CBとしては強度不足の4番手で余剰戦力となっていたため、劣勢が予想されたバルセロナ戦に5バック的に臨んだ際に抜擢してみたら成功した、ということではないか、と想像する。
選手の持ち味を引き出し、監督の手腕を発揮する幅を広げた戦術変更が、スアレスの爆発と併せて首位独走の原動力だと思うが、それが当初プランではなく、優秀な監督が状況に対応していった結果だというのが、サッカーの面白いところだ。
photo by getty images
text by 木村浩嗣
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