【木村浩嗣コラム】スペイン、スーペルコパ決勝にみる、古臭い“根性論”が今も有効なわけ
text by 木村浩嗣
根性論の旗色が最近悪い。最近も、“走り込みを否定する桑田氏に張本さんが喝!”なんて記事が出ていた。
私もスペインの監督学校で理論を習ったので、走り込みはサッカーをうまくするには必ずしも効率的ではないことは、知っている。だから、うちのチームではフィジカルトレーニングでもボールを使うという方針だった。だが、張本さんの気持ちもわかるのだ。“最近の若い奴は根性が足りん!”(とは張本さんは言っていないが)と言いたくなるのも。多分、『巨人の星』を見て育った世代だからだろう。
私はメンタル面の根性論は否定しない。むしろ、勝つためやうまくなるためには、根性(=頑張る気持ちとか闘争心)は不可欠だと思っている
アスレティック・ビルバオはそもそもハートのチーム
優勝したアスレティック・ビルバオは根性のチームである。
バスク地方の出身者または育成者だけで作るチームがなぜラ・リーガで2強と並び降格経験がないのか? 技術面、フィジカル面、戦術面の不足を補う根性があるからだ。
「我われはテクニックが高いチームではないかもしれないけど、大きなハートがある」
昨年2月、キャプテンのムニアインにインタビューした時こんなことを言っていた。
「他のクラブではたぶん物事がうまくいかない時、自分の将来のことしか考えないような選手も出てくるのだろう。が、ここでは違う。ここは一つの家族だし、『今こそ団結する時、絶対に前へ進むぞ!』と激励し合ってきた」とは、元キャプテンのレジェンド、グルペギの言葉だ。
バルセロナに2度リードされても諦めなかった。
逆境を跳ね返すためには、戦術や技術やフィジカルよりも何よりも、諦めない心がなければならない。どんな素晴らしい戦術、技術、フィジカルも心がビビッていたり緩んでいたりすると、うまく出せない。ハートで上回れば、技術と体力(バルセロナの休養日は1日長かった)で上回るチームに勝てる。今回のスーペルコパではスポーツ(というか人生も)での根性の必要性を日本のみなさんにも見てもらえて良かった。
“根性論”というと悪く響く昨今だけど、“強いメンタル論”と言い換えれば響きも良くなる。
走り込みにはフィジカル強化よりもメンタルを鍛える、という意味の方が大きいのかもしれない。あのマルセロ・ビエルサはアスレティックの監督時代に練習場に盛り土をし、坂道を作って徹底的に走らせた。
「(ビエルサは)ミスは許してくれたけど、全力を尽くさないこと、諦めてボールを追わないことは決して許さなかった」(グルペギ)
戦術家で鳴らす男は、実は根性を重視する男だったのだ。
気持ちを前向き、後ろ向きにする戦術
新監督のマルセリーノ・ガルシア・トラルも盛り上げ方がうまかった。
準決勝でレアル・マドリードを破ると、クラブ職員に頼んで昨季引退したアドゥリスを呼び、チームに合流させたのだ(アドゥリスについてはここに書いた)。コロナ禍でのリーガ中断中にケガで無念の引退を余儀なくされ、コパ・デルレイの決勝を戦えなかった男を呼ぶとは、粋な計らいだ。選手たちはレジェンドのサプライズ登場に大いに盛り上がった、という。ウィリアムズの決勝ゴールでは、スタンドで選手らと喜び合うアドゥリスの姿をカメラが捉えていた。
もう一つ、解任されたガイスカ・ガリタノ前監督のことを忘れず、彼の写真を優勝記念写真に入れたのも“家族”らしい配慮だった。マルセリーノは就任わずか2週間だった。優勝への前監督の貢献ももちろん大きい。
とはいえ、戦術的に言えばマルセリーノの手腕はやはり称賛されるべきだ。
彼は最終ラインを上げて、前からプレスを掛けさせた。
これはバレンシア監督時代にもなかった積極的な戦術だ。公平に言って、アスレティックはスーペルコパ参戦4チームの中で最も戦力が低かった。失うものがなかったからだろう。カウンターをくらうリスクを負って思い切ってラインを上げ、捨て身の姿勢をプレーにも反映させた。
「気持ちを前向きにする戦術」、「後ろ向きにする戦術」というのはある。
マルセリーノのあれが前向きにする戦術。ロナルド・クーマン監督の、バックパスを追わずポジションを維持し相手のミスを待つ戦術が、後ろ向きにする戦術だ。前向きだから勝てるというわけではないが、格上を自覚しリスクを冒さず安全に、という保守的なバルセロナのプランが、延長戦で初めてリードされた場面でのノーリアクションを生んだのかもしれない、とも思う。クーマンにはリードして逃げ切るプランAがあってもプランBがなかった(あるいは、選手の落胆がそうさせなかった)。
クーマンが円陣を先に解いたのは大失敗
バルセロナが気持ちの面で負けていることは、延長戦に入る前にはっきりわかった。
円陣を組んでいるアスレティック、その中心にはマルセリーノがいて、控え選手もスタッフもみんな加わって大きな輪になっていた(もしかすると、いてはいけないはずのアドゥリスもいたかも)。一方、円陣を早々に解き、バラバラで手持ち無沙汰にホイッスルを待つバルセロナの選手たち。“家族”VS“バラバラ”。あれを見て、“バルセロナが勝つ”、と感じた人はいないだろう。案の定、再開後の最初の攻撃でアスレティックが勝ち越し点を挙げた。
あれはクーマン痛恨のミスだと思う。90分に追い着かれて気落ちした選手のメンタルケアをすべきだった。
円陣って組まれると嫌なものである。
私はアマチュア監督に過ぎないが、ああいう場面では絶対に介入してきた。なるべく大きな円陣を組んで、その真ん中にしゃがんで選手たちの顔を見ながら檄を飛ばす。トーンは優しくなったり厳しくなったり。短い簡潔な戦術的な変更を加えることもある。Bプランがある、と思わせることでチームとしての信頼を取り戻させるためだ。あの場面だと、投入して逃げ切りに失敗したピャニッチとブレイスウェイトを活用するため、“ロングボールをブレイスウェイトへ集めよ”なんて。“再開後、最初のファウルは君らがせよ”と指示していたかもしれない。アグレッシブさを誇示し自らを鼓舞するためだ。
円陣は審判が呼びに来るまでワザと解かない。相手への流れを取り戻すには、中断時間が長いほどよいから……。
サッカーってこういう心理的な駆け引きのゲームではなかったっけ?
photo by getty images
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