【木村浩嗣コラム】監督には必ず理がある。ただ周りにはそれが理解不能なだけで……
text by 木村浩嗣
3日のエルチェ対ウエスカを見ていたら、久しぶりにある光景に出会った。エルチェのホルヘ・アルミロン監督が37分に交代のカードを切ったのだ。ケガが理由でなく前半のうちに代えるのはタブーだ。本人の精神的なショックが大きいからだ。
思い出すのは2003-04シーズンのセビージャ対レアル・マドリードで23分に交代させられたルベンのケース。ロナウド、ジダン、フィーゴ、ラウール、ベッカムがいた銀河系軍団はキックオフ後14分間で3失点した。するとカルロス・ケイロス監督はCBのルベンを下げた。まるで、彼に責任があるかのように。
ベンチで涙を流す彼の姿をテレビカメラがとらえていた。解説者のコメント、「試合に負けても良いが、これは彼の選手生命を終わらせかねない」をよく覚えている。
死刑宣告に等しい交代とは?
そのコメントは半分当たって半分外れた。
ルベンの選手生命は少なくともレアル・マドリードでは終わった。翌年に放出され、3年間在籍して4試合プレーしただけ。あの夜の先発はビッグチャンスだったわけだ。その後、彼はスペインを中心につい最近17年までプレーを続けていた。
本人はあの夜を振り返り、「監督は何かを変えたかったのだろう」と理解を示すも、「死刑宣告のようだった。その後ケイロスとは口を聞いていない」と心の痛みを吐露している。銀河系のスターぞろいの中で当時21歳の彼は代えやすかった、というのは間違いなくある。
そんな交代は監督の信用も下げる。采配ミスを棚に上げ若手に責任をなすりつけた、と選手に取られかねないから。ケイロスはそのシーズン終了後に解任されている。
エルチェで交代させられたのは新加入で初先発のユスフ・コネだった。ただ、ルベンの場合と違うのは明らかに本人に責任があったこと。交代直前に、自分が失ったボールを追わない怠慢プレーがあった。これは見ていて私も腹が立って「何やってんだ!」とテレビに向かって言ったくらいのレベル。
とはいえ、コネの選手生命が終わるとは思えない。怠慢プレーという証拠が映像に残っているからだ。本人を呼んでそれを見せ「こんなことをしている間は使わない!」と反省させれば良い。怠慢は修正が簡単だ。本人の気持ち一つだから。時間がかかる戦術的なミスや技術的なミスとは違う。
学びのための交代とは?
私は実は前半だけで交代、というのはよくやった。入れた直後にすぐ交代、というのすらやった。
指揮していた少年サッカーでは交代は何回やっても自由で、代えた選手を再度投入することもできる。「ミスはしてもいいが、怠慢は許さない」というのがルールだったので、5分で下げて説教しベンチで反省させて15分後に再度投入する。こういうふうにすれば交代策は学びの機会として使えるのだ。
プロでもそうだったらいいのに、と思っている監督もいるのではないか。
エイバル対アスレティック・ビルバオでは初先発のコンジョルカジョルが前半だけで交代させられた。十分なテクニックがあり、戦力的に今季が最大の危機であるエイバルを救うとしたら、彼、乾、武藤である、と思う。が、周りと合っていない。自分の良いところをアピールしようとするあまり、ドリブルにこだわりボールロストして天を仰ぐ。その間に相手のカウンターを喰う——こういうプレーはホセ・ルイス・メンディリバル監督に限らず監督はみんな嫌いなので、やっぱり代えられた。
あれだってミスの直後に交代してベンチで説教、後半残り15分間で送り込めば見違えるような姿勢を見せただろうし、二度と同じミスを繰り返さないはずだ。
サッカーにおいて実戦は一番の学びの機会なのだが、最大の障害はプレーを止められないこと。次々と新たな課題が連続して起こり、ミスが記憶の彼方になり機会が失われてしまう。
交代の背後にある膨大な記憶とは?
そのメンディリバル監督に数年前インタビューした時に、前夜の試合で乾を交代させた理由を聞いたことがある。
——交代の直前にボールロストがありましたよね、と水を向けると。
「そうなんだよ、君らがそこを見ててくれて良かった。自陣なのにドリブルで突っかけて……」と、修正すべきミスの説明をしてくれた。乾にあのボールロストについて聞くと、試合後こっぴどく怒られた、と言っていた。
監督時代の経験から言うと、1つの交代にはもの凄い数の理由がある。
テレビで解説者が指摘するような「システムをこう変えて……」とか「中盤でボールを持てるように……」とか「守備を固めて……」とかの明確なものの他に、「映像の記憶」というのが頭に膨大に詰まっていて、それが采配に影響する。
もちろんその大半は良いプレー、悪いプレーの記憶なのだが、それ以外にもその日グラウンドに出て来た時の顔とか、週の間に練習でミスした時の反応とか、ミニゲームで足を踏まれて痛がったとか、前に同じ様な状況で投入した時のプレー具合とか、その時に周りにいるチームメイトとの交流具合とか、連係がうまくいってハイタッチしたところとか……。その選手に関する膨大な情報が映像になって頭の中に残っていて、それが交代選手を最終的に決断させる。
“この子を使えばうまくいきそうだ。そういう良い予感がする”とかという、いわゆる「監督の勘」になって背中を押す。
監督はその試合だけを見ていない。その背後にある膨大な積み重ねを見ている。
ウナイ・エメリは久保をなぜ使わない?
だからこそ、その決断は外部の者とは共有できない。解説者やジャーナリストなど外部の者はせいぜいその試合とそれ以前の試合を見るくらい。練習グラウンドとかロッカールームとかで何が起こっているかは、監督とそのアシスタントの数人しか知らない。少年チームの場合は、これに家庭の事情とか学校での勉学の励み具合とかの情報も加わる。
だから、監督の選手起用には必ず理がある、と思っている。我われの知らない何かがあるはずだ。ただ、その理が外部には理解されるとは限らないし、理があってもそれが的中するとも限らない。
エメリ監督の久保の起用法がスペインでも話題になっている。なぜ、こんなにプレー時間が少ないのか?が、誰もが抱く疑問である。エメリには間違いなくチャンスを与えない理由がある。それが正しいかどうかは別にして。
外から見ていてわかるのは、2トップを外せないからトップ下のポジションは無い、ライバルのモイ・ゴメス、チュクエーゼ、トリゲロスの調子が良い、久保抜きでうまく行っているうちはチームをいじりたくない、ELがスタートして過密日程になればチャンスを与える、くらい。練習場やロッカールームで何が起こっているかは知る由も無い。
久保のことは、5分間とか10分間とかの出場で、ふて腐らないで我慢してくれ、と祈るように見守るだけ。外部の人間にはそれしかできない。
photo by getty images
text by 木村浩嗣
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