【木村浩嗣コラム】傷を残す別れ、祝福される別れ。選手の去り際を考える
text by 木村浩嗣
メッシの一件を見て思うのは、去り際は本当に難しい、ということだ。
理由はどうでもいい。メッシは出て行きたくなった。普通、選手の希望は通るものだ。チームにとっても出て行きたい選手を置いておくのはマイナスだ。無理に引き止めてもモチベーションが下がったままでは力は出せない。最後の瞬間に足を伸ばせるのは、クラブのために、チームメイトのために、という愛のため。その愛が無くなった、と言っているのだ。だが、メッシはメッシだった。愛が不足してもあり余るクオリティがある。プラスマイナスを換算したらプラスになった。そこで、契約書を突きつけた。契約はまだ残っている、と……。
選手の売買は売上予算に
メッシの件はわからないが、愛が古い概念になろうとしているのは感じる。単純に言えば、みんなドライになった。選手もクラブもだ。愛はウェット、でもビジネスは乾いている。
今はクラブの予算書を見ると、「選手売買益」という項目があり、金額が記入されている。つまり、今年度はこれだけ売り買いして利益をこれだけ出しますよ、とあらかじめ決まっているのだ。
だから、売上を立てるためにクラブは選手を売る。高値が付いたな、というタイミングで。選手の方もむしろ喜んで受け入れる。自分を高く買ってくれる先は普通は上位クラブであり、年俸は増額されるし、タイトル獲得の可能性も増える。
つまりステップアップだからだ。
このウィンウィンの取引を確信してやって成功したのがセビージャだった。宝石の原石を見つけ出して、磨き上げて綺麗なリングの上に乗せ、何倍もの値段を付けて売る。ちょっとおいしい商売のように見えるが、これには2つのリスクがある。1つは見る目がないと宝石かと思って石ころを拾って来るかもしれないこと。もう1つは、選手が入れ替わるばかりで一向に戦力が蓄積しないことだ。
いかに宝石の原石であっても寄せ集めただけでは、「チーム」はできない。「戦える集団」にはならない。一つになるためには、クラブのために、監督のために、チームのために、という愛が要る。
また、ウェットな話に戻ってしまった。
愛をケアするセビージャ
セビージャのうまさはこのウェットな部分のケアがしっかりしていること。選手は商品なのだが、決して商品として扱わない。
愛の重要性を熟知している彼らは、クラブを愛してもらうために、加入後クラブの歴史とフィロソフィーを理解させるための集中講座を行う。それは例えば「緑色の車を買うな」(宿敵ベティスのチームカラーだから)というところからスタートする。そもそも愛の重要性をわかっていない選手を彼らは獲らない。そのために事前に必ず面接して人間性を見る。
選手はエゴイストだと言われる。
そうなる可能性は十分ある。若くして浮世離れした大金と名声が得られるのだから勘違いする不幸な青年は必ず出て来る。それをなるべく排除する。善人である必要はないが、チームのために働けない人間は弾く。
選手たちと愛のある関係を築き、愛のある集団の中に入れて、力を発揮させ試合に勝たせて、値段が上がったら売る。よくやってくれた、と言って握手して別れる。
バルセロナに売られた時、ラキティッチはアイドルだった。あれだけクオリティが高く、献身性がある選手はいなかった。キャプテンだったのも当然である。ウィンウィンの取引が成立、セビージャを離れる会見で彼は涙を流す。その愛情表現は、彼を裏切り者扱いする声を完全に掻き消した。
今のメッシと同じ様に、あの時のラキティッチは間違いなくチームのナンバー1だった。そんな彼がいなくなる。敵であるバルセロナへ行く。だが、温かく送り出した。あの涙を見た瞬間に誰もが確信したのだ。彼はいつか帰って来る、と。
そして、それは本当になった。
愛が無ければ頑張れない
ラキティッチの人間性もあったのだろう。だが、これは花道を作ったクラブがうまかったのだ、と思う。クラブの勉強をさせ、街に愛着を持たせ、恋人までセビージャファンで、このチームのために、赤と白のクラブカラーのために自分を捧げる、という覚悟ができる環境を用意したのは、アフターケア付きの優秀なスカウト部門だったのだから。
今夏バネガが出て行った。
彼はやんちゃでコロナ禍中にバーベキューパーティをやらかした。だが、クラブとチームは決して裏切らなかった。6月末に契約が切れ、移籍先が決まっているのにチームと一緒に戦い続けた。そのパフォーマンスは別れが近づくほど逆に良くなっていった。そうして、お別れ会見でやっぱり泣いた。
あのやんちゃな男が涙を見せるとは思わなかった。でも、納得の涙だった。愛が無ければあんなに頑張れない。
毎日、首を傾げたくなるような移籍のニュースが出て来る。どうしてこの選手出て行かなきゃいけないの、と不思議になる。
ステップアップだという。ウィンウィンなのだろう。クラブも別に引き止めず、代わりの物色に移っている。だが、彼は少年時代からファンだったそのクラブに二度と戻って来られないだろう。
サッカーでやっぱり愛は重要なのだ。
photo by getty images
text by 木村浩嗣
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