【木村浩嗣コラム】クレイジーな2部終盤戦、香川と岡崎の“修行”、柴崎の“奔放”を見よう!
text by 木村浩嗣
2部の終盤戦の楽しみ方は1部とはまったく違う。1部の最大の楽しみはレアル・マドリードとバルセロナの優勝争いの行方なのだが、2部の方はダイレクト昇格圏に入るかどうか、つまり2位以内に入るか否かの争いが最大の見どころになる。2部の優勝には1部の準優勝と同じくらい意味が無いので、2位確保のリスクを冒して1位を狙うなんてことはあり得ない。引き分けで2位確定ならGKを攻撃参加させて逆転優勝ゴールを狙う、なんてことはない。
そうして、これがまた2部特有なのだが、2位以内に入れないなら3位でも6位でもあまり関係無い。昇格枠の残り1つを4チームで争うプレーオフは短期決戦の一発勝負(トーナメント制)で行われる。そこでの3位のメリットとは、6位と対戦することと第1レグがアウェイであることでしかない。よって、番狂わせが起きやすく、昨季も一昨季も5位のマジョルカとバジャドリードがプレーオフを制覇している。
6位も昇格で上がりっ放しのボルテージ
この“6位にも昇格チャンス大あり”というフォーマットが2部の終盤をクレイジーなものにしている。
2強や3強はおらずそもそも戦力横並びの2部である。1部の1位レアル・マドリードと3位アトレティコ・マドリードの勝ち点差は13ポイント差があるが、2部だと、同じ差の間に1位カディスから11位スポルティングまでがすっぽり入ってしまう。1部でEL参戦権を得る7位ソシエダと降格圏の18位マジョルカの間には21ポイント差があるが、2部の6位エルチェと降格圏の19位オビエドの間にはわずか10ポイント差しかない。
つまり、連勝すれば天国(プレーオフ)が見えてくるが、連敗すれば地獄(降格)が見えてくるという状況だ。これでは中間層も最後まで気を抜けない。1部であればこの時期出て来る“目標喪失チーム”(=欧州カップ戦出場権も狙えず残留の危機も無い)というのも2部ではあり得ないわけだ。
こんなクレイジーな状況で、日本人が所属する2チームがダイレクト昇格圏を争っていて、そこでちゃんと戦力になっているというのはうれしい。
日本人対決=昇格争いダービーの幸せ
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サラゴサ 2位61ポイント:再開後2勝3敗/5得点8失点
香川真司 5試合285分出場
ウエスカ 3位58ポイント:再開後2勝2分1敗/8得点6失点
岡崎慎司 5試合271分出場
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昨夜(6月29日)のサラゴサ対ウエスカは2位と3位の対戦で、隣県同士のダービーで、しかも日本人対決になっていた。仲良く先発しベンチに下がるタイミングも一緒だったということで、こっちでも小さな話題になっていた。
内容がまた2部らしいものだった。散々「クレイジー」という形容を使ってきたが、それは「情熱」とか「最後まで諦めない」とか、昨日の試合のようにロスタイムのラストプレーで劣勢の方に決勝ゴールが入る、といった「ドラマチックさ」を指している。“クレイジーな撃ち合い”とか“無秩序な攻め合い”という意味では無い。実力が伯仲するゆえに2部の試合は均衡していて、得点よりも失点を重視するじりじりした展開が続くことが多い。サラゴサもウエスカもその典型的なチームで、ポゼッションサッカーをしながらも一定の型をなかなか崩さない。
特にサラゴサはスペースがあれば絶対的に強いFW、18得点のルイス・スアレスがいるから彼へロングボールを出す以上のリスクを負いたがらず、せっかくのボールキープは崩しではなく失点を防ぐための手段として使われている。
香川の苦悩も2部の“味”である
そんな中で香川はフォーメーション図上は2トップの一角、実際はトップ下からボランチまで、ボール出しからフィニッシュまでを任されている――こう書くと自由に攻撃タレントを発揮させてもらっているように響くかもしれないが、実際は彼のせっかくのキープやタッチ、パスワークがなかなか有効なゴールチャンスにならない。香川が下がればスアレスが孤立し、香川が残ればボールが出て来ない、という感じでなかなか欲求不満が溜まる状況で、そのうちマルチタスクに疲弊してベンチに下がることになる。
そう、2部というのは、特に終盤の2部というのは、選手のクオリティの低さゆえに整備しやすい守備が重視され、勝ちに行くより負けない、という保守的なプランニングになりがちなのだ。昇格の有力候補の主力として香川は充実した日々を過ごしていることだろう。だが、ドルトムント時代の彼とは違って華麗な姿を見られる瞬間は多くない。ゴールよりもボールを失わない仕事に従事している。欲求不満は溜まっているだろうな、と察するが、来季1部でもう一度華麗な姿を見るために必要な仕事なのだ。
見つけてもらえない岡崎。が、それも仕事
岡崎の方も9ゴール目を挙げたが、献身、献身である。攻撃的MFは置いても点取り屋を置かない1トップのあの形でポゼッションサッカーなら、CFは彼しかいない。岡崎を見ていると、“小さなベンゼマ”に見える。とにかく気が利いて、その時々に最適な仕事をする。これは香川にも柴崎にも共通することだが、非常にクレバーで無駄なことをせず、何でも一通りできる。
いつも凄いと思うのは、プレーやポジショニングが周りと重ならないこと。繋ぐ意識が強いウエスカでは相手ゴール前が過密状態になるのが普通なのだが、そんな中で彼は仲間がいない場所で、仲間がしないことを見つけ出す。一瞬の判断でキュッと止まったり、バックステップを踏んだりして、シュート態勢を整える。が、なかなかそこへボールが来ない。よくあんなスペースを見つけたな、と感心させられるようなマークの外し方をした彼へボールを出すかどうかは仲間の判断。そこは周りのクオリティの話になる。欲求不満になるだろうと思う。2トップにしてもポゼッション力が犠牲になるので解決しないだろう。とはいえ、彼もまた彼にしかできない必要不可欠な仕事を通じて昇格争いに貢献しているのである。
カオスが性に合っている? 柴崎
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デポルティーボ・ラ・コルーニャ 16位44ポイント:再開後2勝3分/8得点6失点
柴崎岳 3試合179分出場
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修行のような観戦の中、一番楽しそうにプレーしているのが、柴崎である。いつもの通りポーカーフェイスで表情からはうかがえないのだが、一番義務感の薄い“プレー”(遊び)に近いものをさせてもらっている、という意味だ。
チームは前半戦の最後に2勝目を挙げるとそこから怒涛の7連勝、その後6試合勝ちが無かったが、柴崎が退場した試合に10人で再開後初勝利、後半ロスタイムに2点を挙げて逆転するドラマチックな連勝を飾って今に至っている。やっと降格圏を脱出したところで、プレーオフ圏には届きそうにない。よって、目標は残留となるのだが、だからと言ってやり甲斐が無いわけではないだろう。
フェルナンド・バスケス監督のサッカーは型にはまっていない。5バックが多いが4バックもある。2トップも1トップもある。相手と展開によって顔ぶれを変え並びを変えて使い分けている。その中で柴崎はボランチだったり、左右のインサイドMFだったりする。
サラゴサで香川が任されているマルチタスクとの違いは、デポルティーボでは周りも流動的にポジションや役割を変えること。柴崎はボール出しもするし、速い攻守の切り替えが求められるカウンターの繋ぎ役もするし、ボールキープもするし、裏へも飛び出すし、CKもFKも蹴るが、周りも連動してフォローするので香川のように孤軍奮闘しているイメージは無い。要所、要所で出て来る感じだ。
プレースタイルもポゼッションだったりカウンターだったりし、最終ラインの高さもそれによって変わって、時々で個に求められるアクションも変わるので、見ていて既視感、ルーティン感が少ない。
最後の日本人対決はサプライズあり?
これは詰まるところ、どこまで勇敢に戦うか、ということなのだろう。流動的だと守備の安定性を欠くが、その分攻撃時には相手を翻弄できるので崩し易くなる。サラゴサのビクトル・フェルナンデス監督、ウエスカのミチェル・サンチェス監督は、自分たちのスタイルを崩さず攻守バランスを崩さない。バスケス監督は流行の言葉で言えば「可変」である。自分たちの判断で変えられる分、個人の裁量とタレントが介入する余地が残っている。先日の驚きの一発レッドに見るように予測不能のところがある柴崎にはやり易いように思う。
今週末の最後の日本人対決、7月5日のデポルティーボ対ウエスカ、状況もスタイルも求められるものも異なる二人、柴崎の奔放と遊び、岡崎の修行と仕事の顔合わせが楽しみだ。試合内容の良さではデポルティーボが上だが……。
※数字はすべて6月末(1部第32節終了時、2部第36節終了時)現在
photo by getty images
text by 木村浩嗣
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