【木村浩嗣コラム】政治とサッカーは違う、と言うけれど……。クラシコ延期が教える「イノセントな時代」の終わり

  • 2019/10/31

text by 木村浩嗣

10月26日に開催されるはずだったクラシコ、バルセロナ対レアル・マドリードが12月18日に延期された。
前回、前々回のコラムに書いたようなそれぞれエイバル戦、マジョルカ戦を経ての直接対決というストーリーは、中断されたわけだ。2カ月近く先の両チームがどうなっているかはわからないが、また新たな状況、新たな流れ、ストーリーでの対決になるのだろう。水曜日開催というのは日本的には歓迎できないのかもしれないが、スペインはクリスマス前でお祭りムードが盛り上がっており、それはそれで楽しみだ。

なぜ延期? リーガへの影響は2度目

延期の背景をごく簡単に紹介する。

10月14日、最高裁判所が、2年前のカタルーニャ独立の是非を問う住民投票実施に関与した12人の独立派幹部に有罪判決を下した。そして14日以降、この判決を不服とする人々(主に独立派)によるデモが頻発し、空港や主要幹線道路、バルセロナ市内中心部が封鎖される事態となった。これで警備や治安に大きな不安があると判断され、ラ・リーガ、スペインサッカー連盟、バルセロナ、レアル・マドリードが協議検討を重ね、23日、連盟がクラシコを延期して12月18日開催とする最終決定を下した。

独立の是非を問う運動(=独立運動ではない。反独立派の運動も当然ある)で、リーガの開催が影響を受けるのはこれで2回目だ。

覚えているだろうか?
2017年10月1日のバルセロナ対ラス・パルマスはやはり警備への不安を理由に無観客で行われた。同日は、カタルーニャ独立の是非を問う住民投票実施日だった。今回の最高裁の判決はその住民投票実施をめぐるものであり、2つの出来事は関連しているわけだ。

デモが普通の国での少数の蛮行

本来、デモが治安を悪化させ試合開催を危うくすることはない。
届けられた日時に予定通りの道筋を行進して何らかの主張をすることは、独立問題、失業問題、インフレ、汚職、移民問題、男女不平等などで政治や社会への不満が強く、誰もが敏感にならざるを得ないスペインでは日常的な光景である。街一番のメインストリートが封鎖されていてデモ隊を警官が取り囲んでいても、「今日は何の主張かな?」と思うくらい。不便で騒々しくとも、お互い様だから我慢するというのが、この国での基本的な作法である。

実際、今回のカタルーニャのデモもほとんどが平和的に穏便に普通の人たちによって行われている。問題なのは、過激な集団(ほとんどが若者)がゴミ箱や車に火を点けたり、警官隊に火炎瓶を投げたり、時には混乱に乗じて商店を略奪したりということを組織的にゲリラ的に行っていること。サッカーファンに対してウルトラ(フーリガン)が極めて少数であるように、デモ参加者の中に混じっている、このごくごく一部の暴力的な者たちが、クラシコを延期させたのだ。

政治が安定せねばサッカーどころではない!

さて、こうしたことが起こると、サッカーと政治について議論が湧く。最もイノセントな見解は「サッカーと政治は別」というものだろう。

その通り、別物だ。だが、サッカーは政治の傘の下に否応なく入っている。
政治が動揺すればサッカーは動揺せざるを得ない。そもそも国が安定しなければ、娯楽であるサッカーは成立しないのだ。私たち一人ひとりが投票者、つまり政治的意思決定者である限り、私たちは政治とは無関係には生きることができない、とはすでに古代ギリシャ人が指摘した通り。プレーをするのも、開催するのも、応援するのも政治的な人間なのだから、サッカーも政治的と無関係にはいられない。

独立の是非を問う紛争で社会が揺れていれば、当然、“サッカーをしている場合ではない”という事態も起こり得る(逆に、“サッカーが楽しくて政治どころではない”というのはあまり起こらない。起こってもよっぽど平和で国民が満足している国だけだろう)。

言うまでもなく、サッカーと政治の力関係は後者が圧倒的に上だ。
クラシコは中断しても延期になっても社会的には平気だが、首相や大臣、議員、それを助ける官僚が活動を停止したら大変なこと。よって、政治がサッカー(の影響力)を利用する、というのはよくある。

W杯が国威発揚の場だったり、その招致が景気回復の切り札だったりすることはよくあったし、これからもよくあるだろう。政治が予算を付けなければW杯の会場一つ作れず、国を挙げて臨む勢いでアピールしなければ、大会は決してやって来ないのだ。

サッカーと政治は別物だが、決して無関係にはなれず、常に介入される恐れがある――というのは、サッカーだけではなくすべてのメジャースポーツと、そのコンペティションに当てはまる。

バルセロナが政治的声明をした理由

今回、サッカーと政治の関係を考える上で、もう一つ大変興味深いことがあった。

最高裁が有罪判決を下した14日、バルセロナが「刑務所は解決策ではない」と題する公式声明を発表したのだ(公式WEBサイトの日本語ページにこの声明は掲載されなかったので、訳はスペイン語ページからの筆者によるもの)。いわく、「刑務所は解決策ではない」「カタルーニャの紛争を解決する唯一の方法は政治的な対話だ」。

この声明の是非は問わない。重要なのは、バルセロナというサッカーのクラブがこの種の政治的声明を出したことだ。彼らは、「カタルーニャで参照すべき団体」で「クラブの伝統を鑑み」「表現の自由と自決権の守護者として」声明を出した、としている。

サッカークラブが政治的な声明を出すことは極めて異例だが、バルセロナの歴史を考えると不思議でも何でもない。

カタルーニャが独裁者による弾圧に苦しんでいた時代、サッカーは数少ない娯楽であり、カンプノウは唯一政治的な意見を表明し得る場だった。そういう過去からして、今回の有罪判決に一言あっても不思議ではないし、それを期待されているからこそ「クラブ以上の存在」だと言える(勘違いして欲しくないのは、バルセロナは「対話」を要求しているのであって、「独立」を要求しているわけではないこと。老婆心ながら)。

以上まとめるとこうなる。

サッカーと政治は別物だが、深く関わり合っていること。特にスペインでは独立問題やバルセロナのような存在が、その関係性を確認させてくれること。そして、日本のリーガファンのみなさんにとって今回のクラシコ延期は、「サッカーと政治」について考えたり、バルセロナというクラブについて深く知ったり、カタルーニャ独立問題の是非について意見したり、日本で同じ様なことが起こればどうなるだろう、と想像してみたりする良いきっかけだ、ということだ。

いつも言っていることを繰り返す。
「リーガは勉強になる。サッカーのついでに社会や政治、歴史も学べてお得である」

(※本記事執筆は10月25日時点)

photo by getty images
text by 木村浩嗣

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