【木村浩嗣コラム】絆を証明する監督と選手の涙
text by 木村浩嗣
涙を見るのが好きだ。ケガをしての涙、例えば負傷し途中退場するヴィニシウスの泣き顔を見るのは辛かったし嫌だが、それ以外の涙は喜びによるものはもちろん、悲しみ悔しさによるものも好きだ。なぜなら、そこに普段見られない人間性のようなものを垣間見られるからだ。
別れの涙、感謝の涙、暴言と涙
今シーズンもいろいろな涙を見た。
アトレティコ・マドリードに別れを告げるゴディンの涙。降格が実質的に決まって泣き崩れるジローナのキャプテン、グラネイ、ペラ・ポンスら。「私は信頼を裏切った。みなさんにお詫びをしたい」と声を詰まらせた、そのジローナ監督エウセビオ・サクリスタン。残留を決めた喜びと安堵の涙で抱き合うビジャレアル、レバンテ、バジャドリードのファン。降格が一足先に決まったウエスカとラージョ・バジェカーノの選手の悲しみの涙と、それでも声援を送るファンのいじらしい姿も見た。ラージョと言えば、ミチェル前監督は解任会見でありながら涙ながらにクラブへの感謝の言葉を述べたものだった。
終了間際のPKを外して勝ち点3を逃したビジャレアルのサンティ・カソルラは、ロッカールームへ向かう廊下の隅で目頭を押さえ立ち尽くした。屈辱的な大敗を喫しCL敗退したレアル・マドリードのカルバハルは目に涙を溜め、「糞のようなシーズンだ」とわざと汚い言葉で悔しさを吐き捨てた。
急坂を転がり落ちていたセルタが残留への道を歩み始めたのは、イアゴ・アスパスの涙がきっかけだった。0-2からの大逆転劇に2ゴールで貢献したアスパスは交代されベンチに座ると、こらえ切れずに号泣した。ケガをしてチームに迷惑を掛けたこと、キャプテンとしての責任感、ファンの喝采への感謝など様々な感情が込み上げてきたのだろう。
涙を流す監督や選手からは、クラブへの愛が伝わって来る。クラブ愛? 古ぼけた、時代遅れの言葉かもしれない。
物は涙を流さない
今やサッカーはスポーツではなくショービジネスとなり、監督も選手もまるでシャツを変えるかのようにチームを変える。移籍市場が立ち、監督や選手には値札が付き商品として売買されるようになった。
使われるのは「相場」とか「有望株」とか「売り時」とか「底値」とか「インフレ」とかのマーケット用語ばかり。小クラブで芽を出すと中クラブが中くらいの財布を持って買いに来るし、中クラブで花を咲かせると大きな財布の大クラブに買われて行く。
逆もまたしかり。タンスの肥やしではお金にならないから、と大クラブの方も不要戦力をどんどん下取りに出す。こうして監督と選手はぐるぐると回って行く。2、3年ごとにクラブを変えリーグを変え流通して行く。まるでエンブレムやチームカラーなど関係ないかのように。
一方、ファンは違う。子供の時に好きになったクラブを一生愛す。アイドルだった選手が移籍してもクラブに残り、新加入の別のアイドルを探す。スペインのCMに「恋人を変えてもいい。性別だって変えられる時代だ。だけどチームカラーを変えるなんて!」というのがある。浮気や不倫なんてあり得ない愛がクラブ愛なのだ。
高待遇やステップアップを求めて移籍して行く者を責めるつもりはない。サッカー選手のキャリアは決して長くない。稼げる時に稼いでいるべきで、自分だって転職の声が掛かれば耳を傾けるだろう、とほとんどのファンは理解を示す。だが、その一方で何もかもがビジネス優先で動くことに寂しさを感じているのも事実。監督や選手が商品に過ぎないとしたら、誰を応援すれば良いのだろう?
涙は、そんなファンの心の渇きを潤わせてくれる。物は涙を流さない。天文学的な値段の現実離れした存在が、一筋の涙で人間に変わる。我がクラブの成功や挫折に自分と同じ様に涙している姿を見て、彼らと自分の間にあった絆を再確認するのである。
ファンは、自分のクラブのために涙を流してくれた監督や選手を絶対に忘れない。反対に、涙の一滴もこぼさない者のことはすぐに忘れる。リーガの熱気が収まり、監督と選手に別れのシーズンが訪れる。去ってもファンの心に残り続けられる者は誰だろうか?
写真:getty images
文:木村浩嗣
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