【木村浩嗣コラム】2つのクラシコにみるチーム内競争の重要性。アルトゥールVSビダル、ベイルの孤立とイスコの沈黙

  • 2019/03/07

text by 木村浩嗣

国王杯、リーガの2つのクラシコが立て続けにあった。バルセロナの連勝でメッシ出現以降のレアル・マドリードへの優越が再確認されることになったが、今回はチームではなく個人に注目したい。というのも、チーム内競争がいかに大事か、明らかになった2試合でもあるからだ。
バルセロナのレベルアップにアルトゥールとビダルの競争は欠かせない。国王杯のクラシコ(0-3)とリーガのクラシコ(0-1)。バルセロナ側から見てどちらの内容が良かったかと言えば、後者。点差は1点だったが、R・マドリードの攻撃を封じ込め危なげなかった。フィニッシュの精度が普通なら2、3点差はつく内容差だ。対照的に、前者はR・マドリードが圧倒的に押し込み、昨シーズンまでのようにクリスティアーノ・ロナウドがいれば、バルセロナは敗れていたに違いない。
2つのクラシコの違いは、アルトゥールが先発していたかどうかだ。シャビ似の彼が入ると、ボールを支配できて、試合をコントロールできる。よって「アルトゥールはバルセロナに不可欠だ」という声が上がっているが、これは半分しか真実を語っていない。1点差で安全に試合を終わらせることができたのは、そのアルトゥールに代わって入ったビダルのお陰であるからだ。

「繋ぐ」アルトゥールと「壊す」ビダルの関係性

2人のプレーの特徴は対照的である。アルトゥールは「繋ぐ」、ビダルは「壊す」。アルトゥールがいればチームは落ち着く、ビダルがいればチームは活性化する。シャビへのノスタルジーがあるバルセロナで受けの良いのはアルトゥールだが、だからと言ってビダルのメリットを過小評価するのは間違っている。彼の精力的なプレス、2列目からの飛び出しは、逆転を狙うR・マドリードが捨て身で前に出て来た時のように、試合が“バトル”に変化する局面では頼りになる。
2人はポジション争いのライバルで二者択一なのだが、それはどちらが不要であることを意味しない。バルセロナのスタイルからすれば、アルトゥールがメインで、ビダルがサブという扱いにはなるのだろうが、対戦相手の特徴、疲労具合、試合中の必要性に応じて使い分けるのが正しい。ビダルが腐ることなくアルトゥールと共存していることは、彼のファイトあるプレーぶりでわかった。
シーズン開幕してすぐ控え生活に不満を漏らしていたビダルだが、アルトゥールの負傷を機にレギュラーを奪い返した経緯がある。アルトゥールが復帰した今、再び火花を散らすことになるのだろう。「調子の良い者を使う」という姿勢が一貫しているバルベルデ監督は、そんな2人を頼もしく思っているに違いない。

ソリストであるベイルの孤立

一方、スコア差とは裏腹に内容が悪化したR・マドリードの方は、1戦目のルカス・バスケスに代わって2戦目はベイルが先発した。内容で上回りながら得点できなかった反省からゴールゲッターとしてのベイルに期待したのだろう。
だが、結果は中盤にも下がり右SBのカバーをするルカス・バスケスを失ったことで、主導権を握られて自陣でのプレー時間が長くなり、肝心のベイルにはまったくボールが入らない、という悪循環になった。ベイルの孤立ぶりは、シュートが大きく吹かしたFKの1本のみ、という数字に明らかだ。
ベイルは楽器演奏家で言えばソリスト(独奏者)である。C・ロナウドと同じ。コンビネーションは得意でないが、単独の力で勝負する。だからフロントはC・ロナウドの代わりをベイルが務められると考えた。が、これが誤りであることがこの2つのクラシコでまたもや明らかになった。
C・ロナウドとベイルの最大の違い。それはソロでありながら決して孤立していなかった者と、孤立している者の違いである。派手なゴールパフォーマンスが嫌われることもあったC・ロナウドだが、試合を捨てること=チームメイトを見捨てることは決してなかった。どんな大差の試合でも試合終了間際でも彼が手を抜くことはなかった。気の緩んだ仲間がいれば怒りを露わにした。ソロのパートが高レベルでも合奏のレベルが低ければ意味がないと考えているようだった。自分のゴールのためだったかもしれないが、ゴール=勝利という一点で彼とチームは常に一体化していた。 が、ベイルは違う。チームから離れて孤立している。リーガのクラシコでは、前に残り決定的なパスをもらうだけの仕事に従事した。モドリッチがカルバハルのカバーリングに息を切らしているのに、それを助けるでもなく、俺にボールを出せとスペースに出てロングボールを要求するでもなく、下がって中盤を支えるでもない。
チームが劣勢でボールが来ないとゴールゲッターたる役割は果たせない。よってシュートは1本に終わった。当然の帰結である。だが、そこを何とかしようともがくのが、チームとチームメイトへの愛であり個としてのプライドではないのか。

チームから離れては、チームスポーツでは開花できない

潜在能力からすればC・ロナウドに匹敵するような選手なのかもしれない。しかしチームから離れては、チームスポーツでは開花できない。ポジション争いをするルカス・バスケスとベイルが火花を散らしていないのは、レバンテ戦でゴールを祝おうと駆け寄って来たルカス・バスケスをベイルが振り払った仕草でも明らかだ。対ヴィニシウス、対ベンゼマの方も互いを高め合っている関係には見えない。
同じ様に、イスコとモドリッチ、イスコとクロース、マルセロとレギロンも競い合っていない。ソラーリ監督の判断でイスコとマルセロの出番が少なくなり、結果としてチーム全体の戦力が低下を招いているのだ。カゼミーロとのポジション争いで急成長したマルコス・ジョレンテという好例があるのだが、誰もそれに続いてはいない。
バルセロナの方でもデンベレとコウチーニョは競争関係にない。意気消沈しているように見えるコウチーニョがデンベレのライバルになり切れていない。抜群のスピードがあるもののフィニッシュで欲が出てチャンスを逃すソリスト、デンベレと、高い技術で高レベルのコンビネーションができるコウチーニョはまったく異なるタイプで、彼らを交代で起用することによって、戦力・戦法の幅を広げられたはずなのだが……。
監督の人心掌握術の巧拙なのか、ロッカールームの雰囲気なのか、あるいは本人の性格なのか。人の集団を操縦することは難しく、集団の中で健全な関係を築くことは難しい。そんな、我われが学校や会社で感じている日常レベルの問題が、プロのエリートアスリートの世界でも起きている、と思うと、何やら面白く感慨深い。

写真:Getty Images
文:木村浩嗣

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