【木村浩嗣コラム】バルセロナ、「アイデンティティ喪失」という特権

  • 2018/10/13

text by 木村浩嗣

またもや“バルセロナのアイデンティ喪失”が言われている。「またもや」というのは、定期的に言われていることだからだ。
過去のスペインメディアの報道を調べてみると、ほぼ1年に1回の割合で“喪失”することになっている。エルネスト・バルベルデ監督になって「アイデンティティが回復した」と言われていたのだが、リーガ4試合未勝利でまた「喪失した」ことになった。リーグ優勝をするチームでも1シーズンに1度くらいは勝てない時期がある。そんな時には“喪失”し、好調になると“回復”する(あるいは何も言われない)。
本来、あなたがあなたであることの理由であり証であるアイデンティティ(辞書を引くと「同一性」とある)なんて大事なものが、そんなに簡単に喪失したり回復したりするわけがない。あなたがいきなり他人になったり本人に戻ったりしたら大変なのだが、バルセロナを批判する場合このアイデンティティ喪失という言葉が都合良く使われている。
そもそもバルセロナのアイデンティティというのは何だろうか?

戦術的に言えば、今流行の「ポジショナルプレー」(正しいポジショニングをする中でボールを動かして攻め守るスタイル)ということになるのだろうが、要はグアルディオラ監督時代のスタイルを思い浮かべればいい。ショートパスを繋いで遅攻+緩から急へのリズムチェンジで相手を崩し、ボールを取り上げて失点を防ぐ――。こういうグアルディオラのスタイルの記憶から今のバルベルデ監督のスタイルを見ると確かに違和感がある。
今でもボールは支配しているが、遅攻ではなく速攻に頼るスタイルに変化している。昔のように辛抱強く短いパスを繋がず、手っ取り早く前線に送り込む縦パスと長いパスの比率が増えているような気がする。ボールを動かすのではなく人を動かすプレー(つまりドリブル)も目に付く。バルベルデのチームには、ルイス・スアレスというロングボールを収められるセンターフォワードがいて、コウチーニョとデンベレというドリブルの得意なウインガーがいて、シャビやイニエスタのようなMFがいない。となると、この変化は無理がないことのように思える。何たって選手の特徴を最大限に活用するのが監督の仕事なのだから。

アイデンティティというのはプレースタイルでありプレースタイルは選手の顔ぶれに左右される。となると、アイデンティティが選手の顔ぶれによって異なるのは理屈の上からも当然である。実際昨季の一時期バルベルデが「アイデンティティを回復した」と言われたのはネイマールが移籍してドリブラーが1人減ったからで、コウチーニョが加入しデンベレがケガから復帰しドリブルを始めたので(そしてチームが不振なので)、またもや喪失うんぬんが騒がれている、というのもある。
ただ、喪失派にとって希望の星となりそうなのが、新加入のアルトゥール。驚くべきことに彼はシャビそっくりだ。ボールの周囲を回って次のプレーを探すところ、パスを出してすぐサポートに動くところ、サポート時の前、横、後ろのポジショニング、ガニ股姿まで瓜二つ。彼が入った途端にグアルディオラ時代の香りが漂い始める。バルセロナとしては下部組織からシャビ二世が出て来てほしかったのだろうが、ブラジルから出て来るとは驚きである。

バルセロナのアイデンティティに関する議論について持論を言おう。
アイデンティティを喪失したか否かについては、判断する立場にない。アイデンティティ=グアルディオラ監督時代のプレースタイルという前提で話をしてきたが、これ、人によってはクライフ監督時代のプレースタイルだ、となるのだろう。私がスペインに住み始めたのは1994年春でクライフとはカスってはいる(96年春解任)ものの、どんなプレーをしていたかは記憶があいまいである。
バルセロナのアイデンティティというのは言ってしまえば、良き思い出、ノスタルジーであって、そこが共有されていないと議論が成立しない。バルセロナの年配ジャーナリストや長年のファンはそれがあるのだろうが、グアルディオラしか知らない者とクライフを知る者の間にはギャップもあるに違いない。
そういう意味では、バルセロナのアイデンティティを語ることは、年長者に許された特権かもしれない。年寄りの「昔は良かった」式の話を若者は嫌うものだが、クライフ、グアルディオラの話題なら耳を傾けるかもしれない。サッカーを通じて世代を超えたベースが成立しているのは実は幸せなことで、それこそバルセロナファンのだけの楽しみである。

例えば、レアル・マドリードにはアイデンティティとなるプレースタイルがない。CL3連覇のジダン監督時代と今のジュレン・ロペテギ監督を比べてもプレースタイルの違いは議論となっても、アイデンティティ喪失を嘆く者は誰もいない。レアル・マドリードのアイデンティティというかスピリッツとは「諦めず戦う姿勢」であってスタイルを問わないからだ。
クライフの記憶が曖昧な私のバルセロナのアイデンティティに関する見解は曖昧だ。
ボール支配は絶対だが、カウンターはあっても良い。今季に関して言えば、CLトッテナム戦(特に前半)はバルセロナらしい試合であり、リーガのアスレティック戦はやり過ぎだ。前線に決定的なロングボールを入れたくなる気持ちはわかるが、すぐにボールロストして逆襲の逆襲を受ける、というのはグアルディオラがベンチにいれば激怒必至である。
もっとも、グアルディオラだってバルセロナ時代と同じサッカーはしていない。2008-09シーズンから2011-12シーズンまでのグアルディオラが2018年のバルセロナベンチにいれば……、というあり得ない前提の上での話であって、それこそ“グアルディオラの頃は良かった”という昔話の類で、今を生きている監督や選手、若いファンには煙たがられるに違いないのだが……。

文:木村浩嗣

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