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バルセロナの基礎知識

  • ルイス・エンリケ新監督は第2の黄金期を築くことができるのか?
  • 栄光と伝統に彩られた世界的名門 クラブの歴史
  • 100年以上にわたる争いの歴史 永遠のライバル、レアル
  • 攻撃の美学を実現する 基本布陣4-3-3の哲学
  • クライフ、マラドーナ、ロナウジーニョ・・・ 過去の名選手
  • 10万人収容!ヨーロッパ屈指の劇場 カンプ・ノウ スタジアム
  • 会員がクラブ運営に参加する“ソシオ制度”
  • バルセロナトリビア(豆知識)
    • 獲得タイトル
    • スタッフ・選手リスト
    • ソーシャルリスト
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魅力的な攻撃サッカーへの原点回帰を目指す

6年ぶりの無冠という悪夢を踏まえて迎える今シーズンは、まさに“改革元年”と言える。プジョル、V・バルデスといった生え抜きのベテランに加え、セスク、A・サンチェスら主力組を次々に放出する一方、L・スアレスやラキティッチ、テア・シュテーゲン、ヴェルマーレンといった実力者を次々に獲得し、大幅な血の入れ替えに成功した。指揮官には現役時代をこのクラブで過ごし、Bチームの監督を務めた経験もあるL・エンリケを招へい。彼の説得によって退団が決定的と言われていたシャビの慰留にも成功している。目指すは“バルサ流”への原点回帰。「世界中の人々が虜になった魅力的なサッカーを目指す」と宣言する熱血指揮官の下、超攻撃的なスタイルを実践しながら王座奪還を目指す。

ルイス・エンリケ新監督は第2の黄金期を築くことができるのか?

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バルセロナ独特の哲学はバルセロナでプレー経験のあるOB監督こそが理解し得る、と黄金期を築き上げたグアルディオラが証明してしまったため、2013-14シーズンのヘラルド・“タタ”・マルティーノ監督ではファンが満足しなかった、特殊すぎるクラブ故の不遇といえよう。2014-15シーズンの最も重要な補強と呼ばれる新監督ルイス・エンリケは今でも絶大な人気を誇る偉大なカピタンである。空中分解寸前だったチームをぎりぎりのタイミングで繋ぎ止めることに成功し、あとは結果を、非常に高いレベルで残すことが命題となっている。

クラブの歴史

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バルセロナの歴史は1899年10月22日に始まった。生みの親は1877年にスイスで生まれた優秀なサッカー選手ジョアン・ガンペール。叔父のいるバルセロナへ移住したガンペールの呼びかけにより、イギリス人ガルテリー・ワイルドを初代会長とする理事会が発足。2回目の理事会で、クラブの根幹となるルールが制定され、「地域と密着した国際的クラブ」というスローガンを現すエンブレムが作成された。

設立当初、スタジアムは6000人収容の借地グラウンドだったが、1920年代にチームは最初の黄金期を迎え、1922年に当時ヨーロッパ最大級となる2万人収容のスタジアム“ラス・コルツ”の建設を決定。1950年に加入したクバラの圧倒的なパフォーマンスと人気により、その器さえ手狭なものとなり、57年には10万人を収容するカンプ・ノウが誕生した。

しかし、クバラ引退後の60年代、バルサは暗黒時代に突入する。その突破口を切り開いたのが73年に加入したクライフだった。88年にはそのクライフが監督としてチームに戻り、歴史に残る“ドリームチーム”を作り上げ、次々とクラブ記録を塗り替えて行った。だが、クライフが再び去った96年以降、それまでの栄光の反動のように再び暗黒期を経験することとなる。その象徴的な出来事が、バルサのアイドルからライバル“レアル”へ強行移籍したフィーゴの存在だ。

そして2003年、ライカールト監督の下、ロナウジーニョを擁したバルサは再び“新ドリームチーム”への道を歩む。現在“世界最高の選手”と評されるメッシがチームに定着すると、08‐09シーズンには、かつてのスター選手グアルディオラが監督就任1年目で3冠を達成。グアルディオラの後釜を任されたティト・ビラノバもリーガのタイトルをチームにもたらし、現在はルイス・エンリケ新監督の下、“バルサの哲学”と言われるドリーム時代のクライフのサッカーを継承し続けている。

永遠のライバル“レアル・マドリード”

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国内最高のライバルであるレアル・マドリードとの対戦は“クラシコ”と呼ばれ、ライバル意識をむき出しにした激戦が、毎年行われている。
両者が激しく激突するようになったのは40年代以降。市民戦争後、政府が置かれた首都のクラブであるレアルは、バルサ側から見ると「フランコ独裁政権のクラブ」であり、レアル側から見たバルサは「スペインからの独立を企てるクラブ」として映っていた。

過去の通算対総戦成績(2014年11月現在)は229試合で引き分け48試合を挟み、レアルが92勝、バルサが89勝と均衡している。

レアル・マドリードの基礎知識

基本布陣4‐3‐3の哲学

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バルセロナは“3トップを使いこなせない監督は呼ばない”と言われるほど、その攻撃サッカーにこだわりを持っている。時代・監督が変わる中でシステムは少しずつ形を変えてきたが、ショートパスを多用して軽快でリズミカルなサッカーを展開する中盤、両サイドに突破力を持ったウィングがいること、中央に高い決定力を持ったストライカーがゴールに絡む、といった基本的な考え方は変わらない。

新監督を迎えた今シーズンも、前線にはスペイン代表FWペドロ、ウルグアイ代表FWルイス・スアレス、ブラジルの至宝ネイマールら高い突破力を誇るウィングを配置。4年連続でバロンドールを獲得した世界最高FWメッシを中央に据え、スペイン代表MFイニエスタ、シャビらを起点に華麗なるパスサッカーが披露されるだろう。

過去の名選手

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ラズロ・クバラ(ハンガリー)
1950‐1961

ハンガリー出身。身分証明書を偽造し、僅か12歳で同国1部ガンツとプロ契約。18歳で名門フェレンツバロシュへ。翌年、チェコスロバキアに移住、同国代表でプレー。バルサとの契約は50年。51‐52シーズンのリーガ、コパ・デル・レイなど4つのタイトル獲得に貢献。

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ヨハン・クライフ(オランダ)
1973‐1978

64年アヤックスと契約。3年連続でのチャンピオンズカップ獲得後の73‐74シーズン途中、バルサへ移籍。74年西ドイツW杯でオランダ準優勝に貢献。5年間のバルサ在籍中、初シーズンにリーグ制覇、最終シーズンにはコパ・デル・レイで優勝。31歳の若さで引退する。

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マラドーナ(アルゼンチン)
1982‐1984

“アルゼンチンの王様”と称された世界的なスーパースターは21歳でバルサに入団。ピッチ上では華麗なテクニックや魔法のようなキックでゴールを量産するも、ベストコンディションでプレーができた期間は僅か。私生活での奔放がたたり、僅か2シーズンで退団。

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フィーゴ(ポルトガル)
1995‐2000

スポルティング・リスボンから95年に加入。ボールが足に吸い付くような華麗なテクニックと頭脳的なプレーで、ファンを魅了。外国人ながら第2キャプテンを任される。バルセロナに永遠の忠誠を誓っていたはずが、2000年に“歴史的な裏切り”でR・マドリードへ移籍。

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グアルディオラ(スペイン)
1990‐2001

13歳で入団。小柄ながら、パスの美しさと状況判断の速さでバルサの哲学を実践し、90年にプロデビュー。91‐92シーズンからはクライフ監督の下でチームの主力として活躍。絶対的なレギュラーとして10シーズンを送るも、2001年に17年在籍したチームから退団する。

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ロナウジーニョ(ブラジル)
2003‐2008

低迷が続く2003年に入団。加入会見でチームのタイトル獲得を誓い、2年目にリーガ優勝、3年目にリーガとチャンピオンズリーグ2冠を達成し、バルサに魅せる攻撃力を取り戻す。06年、バロン・ドールに輝くも、続く2年間は出場機会が徐々に減り、08年退団。

その他・・・

GK:
リカルド・サモラ 1919‐1923、スビサレッタ 1986‐1994、ビクトル・バルデス 2002-2014
DF:
クーマン 1989-1995、ミゲル・アンヘル・ナダル 1991-1999、ジュリアーノ・ベレッチ 2004-2007、ラファエル・マルケス 2003-2010、エリック・アビダル 2007-2013、プジョル 1999-2014
MF:
サミティエール 1919‐1933、ベギリスタイン 1988‐1995、エウセビオ 1988‐1995、ホセ・マリア・バケーロ 1988-1997、リバウド 1997‐2002、ルイス・エンリケ 1996‐2004、デコ 2004‐2008、ヤヤ・トゥーレ 2007‐2010、セスク・ファブレガス 2011‐2014
FW:
セサル 1939‐1954、レシャック 1965‐1981、リネカー 1986‐1989、ストイチコフ 1990‐1995、ロマーリオ 1993‐1995、ヘンリク・ラーション 2004‐2006、エトー 2004‐2009、ズラタン・イブラヒモビッチ 2009‐2010、ダビド・ビジャ 2010‐2013

会員が運営に参加するシステム“ソシオ制度”

ソシオ年会費

クラブ会員の会費によってクラブを支えるバルサのソシオ制度は、1899年12月12日の第2回目のクラブ理事会で採決され、組織化された。設立当初の会費は月2ペセタだった。115年の歴史を経た現在でも、クラブは世界全体で15万人を超えるソシオの会費で運営されている。

4年に一度、ソシオの投票によって決まるソシオの会長は、ソシオの代表としてクラブの運営を任され、クラブは等しくソシオ全員の持ち物と考えられ、クラブ設立以来、地域に密着した国際的クラブを目指している。

バルセロナトリビア(豆知識)

・熱狂的バルサファン約10万人を収容するカンプ・ノウ。ブーイングの大きさはすさまじいものがあり、飛行機発着時と同じぐらいの騒音になると言われる。

・入団テストを受けに来たメッシを見たカルロス・レシャック氏は、すぐに彼の才能を見抜き、紙ナプキンを仮の入団契約書として、急いでサインさせたという。


(C)ワールドサッカーキング、Photo:Getty Images、Koichiro MATSUI

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闘争心ルイス・スアレス

スアレス

2014年ブラジルW杯で「噛み付き事件」を起こし、お茶の間にまでその悪名を浸透させたが、そのキャリアが潰れることもなくバルセロナでの輝く未来を勝ち取ったのは、ひとえにスアレスの今までのプレー実績によるものである。卓越した両足によるテクニックは群を抜いて秀でておりゴールセンスは各国で受賞した得点王や"ヨーロッパ・ゴールデンシュー"でも証明されている。

スターネイマール

ネイマール

2013年、鳴り物入りでサントスから移籍。レアル・マドリードとの激しい争奪戦を勃発させ、当時の会長サンドロ・ロセイを辞任に追いやった「世界屈指の人気プレーヤー」ならではの宿命を持ち合わせている。ブラジル人らしく遊び心溢れつつもテクニックに優れており、フェイントで相手DFを揺さぶり抜き去るドリブルが特徴。メッシとの南米出身世界最高コンビが期待される。

エースリオネル・メッシ

メッシ

バルセロナ不動のエース。FWとしてセンター、サイドでプレーする。身長169cmと小柄な体格ながら圧倒的なボディバランスを誇り、細かいタッチの高速ドリブルで相手ディフェンダーを置き去りにする。2006‐2007シーズンの国王杯準決勝ヘタフェ戦では、マラドーナを彷彿とさせる“5人抜きゴール”を決めてみせた。ラストパスや中に切り込んでのミドルシュートも得意で、味方を生かすプレーでもチームに貢献。サッカー界で最も権威があるとされる個人タイトル、FIFAバロンドール(バロンドール時代含む)を4度獲得。2011-2012シーズン、リーガ史上最多となる50ゴールを記録。2012-2013シーズンにも46得点を挙げ、2シーズン連続で得点王に輝いている。

  • ◇FIFAバロンドール : 2009、2010、2011、2012
  • ◇リーガ得点王 : 2009‐10、2011‐12、2012‐13
  • ◇UEFAチャンピオンズリーグ得点王 : 2008‐09、2009‐10、2010‐11、2011‐12

スタジアム カンプ・ノウ

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クバラなどスター選手を擁し人気クラブとなったバルセロナが、1957年に10万人収容の世界最大規模のスタジアムとして建設したサッカー専用スタジアム。「カンプ・ノウ」とは「新しいスタジアム」の意。1982年スペインW杯時に120,000人収容まで増やしたが、その後立見席が禁止されたため、現在は99,354人収容となっている。

【クラブ基本情報】
創設年:1899年
創設者:ジョアン・ガンペール
ホーム:カンプ・ノウ 99,354人収容
練習場:シウダー・ジョアン・ガンペール
ソシオ(クラブ会員): 153,458人
ペーニャ(ファンクラブ):1,267
スローガン:MES QUE UN CLUB
     “クラブ以上の存在”
※14-15シーズン開始時点

スーペルコパ 2015 ★はハーフタイム企画

PC・スマホ・タブレットでリーガ観戦!

1st Leg

アスレティック・ビルバオ VS バルセロナ
  • 8/15(土)午前4:50 プライム生中継

解説:都並敏史 / 実況:大澤幹朗

  • ★【特集企画】
    ジョアン・ガンペール杯 バルセロナvsローマ ダイジェスト

2nd Leg

バルセロナ VS アスレティック・ビルバオ
  • 8/18(火)午前4:55 WOWOWライブ生中継

解説:野口幸司 / 実況:山田泰三

  • ★【解説プレー】野口's eye
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