錦織圭プレーバック⑤(2021~26)ケガとの闘い、引退決断

2026.09.18

錦織圭プレーバック⑤(2021~26)
ケガとの闘い、引退決断

 2022年はケガとの闘いが続いた。2月に左股関節を内視鏡手術。復帰を目指しての練習中に右足首も負傷し、この年は公式戦出場なしに終わる。ランキングポイントが失効し、10月に「ランク外」となった。マイケル・チャンコーチとの契約も終了した。

 自身で最も長い1年8カ月の離脱を経て、23年6月にプエルトリコの下部大会で復帰、いきなり優勝を果たし、「これ以上、望めない結果」と喜んだ。ランキングも492位まで戻す。7月にはアトランタオープン(米国)でツアー大会に復帰したが、左ひざの故障で再び離脱、年内全休となる。

 24年2月にはトマス・ヨハンソンをコーチに迎えた。3月にはマイアミオープン(米国)で8カ月ぶりの復帰。同大会で右肩を痛めたが、全仏は出場に踏み切った。1回戦で4時間22分かけてガブリエル・ディアロ(カナダ=166位)を破り、四大大会では21年全米2回戦以来の勝利となった。

 この頃は直前まで出場の可能性を探り、結局、欠場した大会が多かった。錦織は「出られそうだけど、やっぱり練習していると痛い、みたいなのが続いていた。悔しさと焦りと、どうしようかっていうのと、ネガティブな感情はひと通り経験した」と明かしている。

 右足首捻挫の影響もあって、5大会連続出場となった五輪のパリ大会は初戦で敗退した。ところが8月のナショナルバンクオープン(カナダ・モントリオール)で突如、覚醒する。12位のステファノス・チチパス(ギリシャ)らを破り、8強入り。ジャパンオープンには6年ぶりに出場し、好敵手マリン・チリッチ(クロアチア)らを下し、ベスト8。開幕前に「トップ10には到底勝てない」と話したが、後日、「正直、到底かなわないとはあまり思っていなかった」と発言を修正した。11月にはヘルシンキの下部大会で優勝を飾った。

 25年1月には開幕戦の香港オープンで準優勝。デニス・シャポバロフ(カナダ)ら元トップ10選手を次々、破った。ツアー決勝進出は19年ブリスベン国際以来6年ぶりだった。4月のマドリード・オープンではツアー通算450勝を達成。しかし、5月にジュネーブオープン(スイス)で腰痛に襲われ、全仏、ウィンブルドンを欠場。8月に米国シンシナティオープンで復帰するも、初戦敗退。その後、再び痛みが出て離脱する。11月に下部大会の横浜慶應チャレンジャーで復帰したが、ベスト8に終わった。

 26年1月に下部大会のキャンベラ国際(豪州)に出場したが、右肩に痛みが出て途中棄権。全豪オープン予選はぎりぎりまで迷った末に、直前に欠場を決めた。4月には引退報道が海外のメディアを賑わせたが、錦織サイドは否定した。4月下旬の米国の下部大会を最後に休養に入ったが、5月1日にSNSで今季限りでの引退を表明した。

 8月、最後の四大大会として全米の予選に挑んだ。米国選手以外では異例の主催者推薦枠での参戦。2試合に勝って本戦出場に王手をかけたが、自身と同じ盛田正明テニス・ファンドの支援で米国IMGアカデミーで育った坂本怜に決勝で敗れた。コートで「他の選手に負けるよりよかった」とスピーチし、後輩にバトンを託した。9月末開幕の木下グループ・ジャパンオープン(東京・有明コロシアム、テニスの森公園)がファンに見せる現役最後の勇姿になる。

#ありがとう錦織圭

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