netdashさん特別寄稿

2026.10.09

「錦織劇場 第二幕」も鼻血が出るまで…

 私が初めて錦織選手のプレーを観戦したのは2007年のジャパンオープン。錦織選手のプロデビュー戦でした。飛び跳ねるようにコートを駆け、火が出るようなフォアハンドを放つ姿に衝撃を受け、「この選手は世界で通用する!」と確信。しかし当時は日本男子が世界ランキング100位に入ることすら難しいとされていた時代。まさかこれほどまでの大選手になるとは思いもよりませんでした。

 「何とかこの選手を世間に知らしめたい。応援を盛り上げたい。」そんな謎の使命感に駆られ、通称「鼻血ブログ」こと 「錦織圭を鼻血が出るまで応援し続けるブログ」 を立ち上げたのが2008年2月。デルレイビーチの大会期間中でした(錦織選手はそのまま優勝!)。以来18年以上にわたり、「錦鯉」(注:鼻血ブログに集う錦織ファンの呼称。「錦織選手に恋してしまっているファン」が由来)の皆さんと共に、錦織選手を応援してきました。ハンドルネームのnetdashで呼ばれることはほとんどなく、「鼻血さん」あるいは、僭越ながら「(応援)団長」と呼ばれています。

 ほとんどすべての試合をTVあるいはネットで観戦し、ときには海外まで遠征して声援を送りました。錦織選手の全盛期には年間70試合以上ありましたので、試合前にプレビュー記事を書き、試合中はスコアを付けながら分析を投稿し、ツイキャスでも実況。試合が終わればすぐレビュー。そのまま次の試合の準備をして・・・といった日々を過ごしました。気が付けばすっかり空が明るくなっていることも。そんな慌ただしさも良い思い出です。特筆すべき勝利は「鼻血が出た試合」に認定し、錦鯉の皆様と語り継いできました。ファン全員で錦織選手と一緒に世界と戦っている感覚で、今思えば夢のような幸せな時間でした。「ありがとう、錦鯉。」と言わせてください。

 これほどまで熱烈に応援したのは、錦織選手が強いから、あるいは日本人だからという理由ではありません。錦織選手のテニスが世界一おもしろく、魅力的だったからです。もっと速いサーブを打つ選手はいるでしょう。体力がある選手もいるでしょう。しかし、イマジネーションあふれるプレースタイルと、類まれなる勝負強さは唯一無二のものでした。「こんなピンチにドロップショット!?」、「今にもリタイアしそうだったのに・・・、中の人入れ替わった!?」、「自らピンチを招き、自ら切り抜ける男、それが錦織圭」、そんな言葉がコメント欄に飛び交い、ハラハラ、ドキドキ、心臓に悪くて見ていられない、それでいて癖になる錦織選手の試合運びはまさに「錦織劇場」。そして、どんなに劣勢でも、どんなに苦しくても諦めない姿にも感動し、勇気をもらいました。最強には手が届かなかったかもしれませんが、間違いなく最高の選手でした。

 錦織選手の引退を知った時、最初に浮かんだ言葉が「ありがとう」でした。もちろんショックでしたし、まだやれるのではという思いもありましたが、それでも結局「ありがとう」に戻ってきます。興奮を、感動を、そして夢をもらいました。ずっとこちらが応援しているつもりでしたが、実は錦織選手の存在に励まされていたのは自分の方だと気づかされました。改めて言わせてください。「ありがとう、錦織圭。」

 今回、WOWOWがまさに「ありがとう、錦織圭。」の合言葉で錦織選手の最後の大会を大変盛り上げてくださいましたが、これはファンやテニス関係者の総意だと思います。シンプルだけど、これ以上的確な餞(はなむけ)の言葉はありません。おかげさまでファンが一つになり、錦織選手にしっかりと感謝の気持ちを伝えることができたと思います。長年にわたりテニスを放送してくださっていることも含め、この場を借りて「ありがとう、WOWOW。」とも言わせてください。

 さて、錦織選手が引退してしまい抜け殻のようになっている私(そしておそらく皆様も)ですが、これからまた同じように力を注いで応援できる選手は現れるでしょうか。これまでのようにテニスに興味を持てるでしょうか。今はちょっと想像できません。でもテニスを愛しているから、テニスを愛している錦織圭選手に出会うことができました。錦織選手も、少し休んだら戻ってくる、何かをすると言っています。錦織選手が残してくれたLEGACY TO THE FUTUREを無駄にしてはいけません。これからの錦織選手、いや錦織圭さんがどんなことを仕掛けてくれるのか、その「錦織劇場 第二幕」をワクワクしながら待ち、再びテニスを、また錦織圭さんのこれからの人生を、鼻血が出るまで応援し続けます!

#ありがとう錦織圭

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