錦織圭プレーバック④(2017~20)TOP10陥落、復活、最後のツアー優勝、コロナ禍

2026.09.17

錦織圭プレーバック④(2017~20)
TOP10陥落、復活、最後のツアー優勝、コロナ禍

 17年1月、全豪オープンに第5シードで出場、4回戦ではロジャー・フェデラー(スイス)と四大大会で初めて対戦し、フルセットで敗れる。勝機もあったが逆転を許した。

 8月に右手首を痛め、全米を欠場。腱の脱臼と診断され、シーズン末まで全休した。リハビリ中には「毎日、再発の怖さと闘っている。復帰しても怖さは簡単には抜けないと思う」と語った。

 見事な復活を遂げたのは18年だ。ATPチャレンジャー(下部ツアー)のダラスで復帰し、いきなり優勝。モンテカルロマスターズではノーシードから準優勝。準決勝ではアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)を下した。ウィンブルドンでは初のベスト8入りを果たし、全四大大会での準々決勝進出を達成する。全米では3度目のベスト4。準々決勝では14年の決勝で敗れたマリン・チリッチ(クロアチア)に雪辱した。

 11月にはトップ10(9位)に返り咲く。ATPファイナルズにも4度目の出場を果たした。シーズンオフには「トップ10復帰は率直にすごくうれしい。いろんなことと闘った1年だった」と話した。

 19年1月には豪州のブリスベン国際で約3年ぶりのツアー優勝を飾る。決勝でダニル・メドベージェフ(ロシア)を下した。通算12勝目、現時点で最後のツアー優勝だ。

 四大大会の全豪、全仏、ウィンブルドンとも8強と安定した成績を残す。全豪ではパブロ・カレニョブスタ(スペイン)と5時間5分の熱闘を演じた。2セットダウンの窮地から3セットを連取。最終セットはあと2ポイント失えば敗退する大ピンチから、5ポイントを連取した。「タフになったなと感じる。経験や体の強さ、いろんなものの積み重ね」と胸を張った。全仏では完全アウェーの雰囲気の中、地元フランスのブノワ・ペールを下した。最終セットは1-4から逆転した。

 全米は3回戦でアレックス・デミノー(豪州)に敗れた。その後、右ひじ痛のためシーズンを終え、10月に手術を行った。この年でダンテ・ボッティーニコーチと別れ、IMGアカデミーでなじみのあるマックス・ミルヌイコーチを迎えた。

 20年はコロナ禍でツアー日程が大きく狂った年だ。錦織はリハビリ期間中とあって、「時間を神様に与えてもらえた」と不幸中の幸いの一面も。9月に復帰したが、調子は上がらず、異例の晩秋の開催となった全仏オープンでは右肩に炎症が出て、シーズン終了となった。

 31歳の誕生日が近づく12月18日に山内舞さんと入籍。〈新しい伴侶を得て、再出発を期す来シーズンに向けて、しっかりと準備したい〉とコメントを出した。

 21年8月、1年遅れの開催となった東京オリンピックに出場、5位入賞(ベスト8)を果たす。1回戦ではロシア出身で世界ランク7位のアンドレイ・ルブレフを破った。この年は調子が上がらず、「もうダメなのかなという感情が出てくることもあった」が、突然の復調だった。

 しかし、10月に左股関節を故障、さらに右足首も負傷し、復帰まで1年半を要することになる。

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