統一150周年に沸くイタリアを、北から南まで周遊。

統一イタリアの大地を行く

これまで番組が3度訪れたイタリアですが、今回は北部の定番コースだけでなく、初めて南イタリアやシチリア島、アドリア海沿岸まで、全土をじっくりと巡ります。2009年に専用路線が完成した高速鉄道アルタ・ヴェロチタや、列車ごと運べるフェリーなど、鉄道ファンの見どころ満載。統一の足跡をたどりながら、各地方の特色ある文化とその魅力をお届けします。

PART3 南部よりアドリア海に沿って レッチェ~アルベロベッロ~バーリ~マテーラ~アンコーナ レッチェ アルベロベッロ バーリ マテーラ

PART3 南部よりアドリア海に沿って レッチェ~アルベロベッロ~バーリ~マテーラ~アンコーナ

レッチェ バロックに彩られた「南イタリアのフィレンツェ」
サンタ・クローチェ聖堂

果物、鳥獣、寓意像、聖人、植物。外壁から巨大なバラ窓まで夥しい彫刻で埋め尽くされ「レッチェ・バロックの至高の体現」と讃えられる聖堂。建設には150年以上もの時間がかかり、4人の建築家が携わったそう。夕日に照らされると緻密な細工は陰影を増し、特産のレッチェ石の白い肌は金色に輝いて迫力倍増。レッチェの建物は大抵この石材なので、街中がブロンズの光に満たされる夕刻は最高にドラマティックです。

夕刻のサンタ・クローチェ聖堂
夕刻のサンタ・クローチェ聖堂
優雅なバラ窓
優雅なバラ窓
レースのように緻密な彫刻
レースのように緻密な彫刻
ドゥオーモ広場

鐘楼、ドゥオーモ、司教館、神学校に囲まれた、この国で最も美しい広場の1つ。ただここは人が集う広場ではなく、厳粛な宗教空間です。人の往来も少なく静かで、全方位のバロック建築に威圧感すら覚えます。ドゥオーモは17世紀の建築家ジュゼッペ・ズィンバッロの傑作。側壁にまで守護聖人などの立派な装飾が施されています。70mある鐘楼は、海からの敵の侵入を警備する物見櫓として造られました。

ドゥオーモと鐘楼
ドゥオーモと鐘楼
ドゥオーモのバロック装飾
ドゥオーモのバロック装飾
円形競技場

ローマ帝国時代のものといわれる円形競技場遺跡。20世紀に入ってから、銀行建設の折に偶然発見されました。何世紀も経る間、上に建物ができてしまったので、半分~3/4が地中に埋まったままです。しかしながら大きさは102×82m、往時は約2万5,000人収容という巨大なもの。街のローマ遺跡の中で最も保存状態が良く、今でも演奏会や演劇などのイベントに使われています。

円形競技場
円形競技場
サン・オロンツォ広場

中心にそびえる円柱の上で、街の守護聖人サン・オロンツォが市民に祝福を与えています。この像はドゥオーモと同じ、ジュゼッペ・ズィンバッロの作品。最初はカルタペスタという紙細工の人形でしたが、火事で焼けて今のものになったという説があります。円柱は、ローマと南イタリアを結ぶアッピア街道の終着点にあったものを移築したとか。バールやジェラート屋も多く、人で賑わう広場です。

サン・オロンツォ広場
サン・オロンツォ広場
凱旋門

中世風の迷路のようなこの街にバロックを持ち込んだのは、オーストリア、ドイツ、スペイン、ナポリを支配し、神聖ローマ皇帝でもあったカルロス1世でした。彼はレッチェが気に入ったようで、城を置くとともにさまざまな建築を推進。その時代の建築様式がバロックだったのです。この凱旋門はポルタ・ナポリとも呼ばれ、1548年に古いサン・ジュスト門と建て替えたカルロス1世を讃えています。

凱旋門
凱旋門
ハプスブルク家の紋章・双頭の鷲
ハプスブルク家の紋章・双頭の鷲
カステッロ

元々はジャコモ・デッラカジャが1539~1549年に建設。ノルマン様式の堅固な城は、装飾過多なバロック建築の中にあって際立つシンプルさです。11km先のアドリア海から侵入する敵に備えた防御の城で、昔は堀や跳ね橋もあったそう。空から見ると台形型で4隅に要塞がありますが、カルロス1世が死角の少ない台形に改造するよう命じたからといわれています。内部はカルタペスタ博物館です。

カステッロ
カステッロ
カルタペスタ工房

この地方の伝統的な紙細工、カルタペスタ。造りは張り子に似ていますが、驚くほど精巧です。針金の骨組みに藁を巻き、紙を貼る。表面を湿らせ、焼きごてを押しつける。するとツヤが出て軽く丈夫に仕上がるそう。始まりは17世紀頃、宗教オブジェを増産するため安価な材料を使ったこと。なので教会にカルタペスタのマリア様や聖人像は多いのですが、気づく外国人は少ないかもしれません。

カルタペスタ
カルタペスタ
カルタペスタ職人
カルタペスタ職人
制作過程の展示
制作過程の展示
アルベロベッロ とんがり屋根が連なるおとぎ話のような町
スッド・エスト鉄道

バーリから南プーリア州サレント地方へ伸びるローカル線。アルベロベッロ、ターラント、レッチェなどを結んでいます。非電化なので列車はディーゼルカーやディーゼル機関車。真っ赤な3両編成の列車は、2009年に導入された新型車両です。車窓にはオリーブの森が広がり、単線のため途中で交換待ちもするのどかな旅。ただし、日曜日はアルベロベッロ行きがほぼ運休なのでご注意を。

アルベロベッロ駅ホーム
アルベロベッロ駅ホーム
新型ディーゼル車両
新型ディーゼル車両
トゥルッリ

この町の伝統的建築方法。最初の40軒が16世紀半ばに建てられ、以後100年の間に増えていきました。釘やセメントは使用せず、とんがり屋根は平たい石を何層も重ねたスレート葺き。1屋根1部屋、玄関ポーチや廊下などのゆとり空間がなく、天井は円錐形の空洞という単純な構造です。これは税金逃れのために「すぐ解体・建造できる家を」という当時の悪政によって生まれたもの。1996年に世界文化遺産に登録されています。

とんがり屋根の町並み
とんがり屋根の町並み
修復中のトゥルッリ
修復中のトゥルッリ
サンタントニオ教会

困窮者、旅行者、妊婦の守護者といわれる、聖アントニオを祀った教会。プーリア・ロマネスク様式で、構造は上から見ると縦横同じ長さの十字形をしたギリシャ十字建築です。住居、ホテル、店舗のトゥルッリはたくさんありますが、教会はここだけ。毎年6月のサンタントニオ祭は、聖人像を掲げた信者の練り歩きに始まり、人気歌手のコンサートや締めくくりの花火で夜中まで賑わいます。

サンタントニオ教会
サンタントニオ教会
バーリ ギリシャ時代から栄えたプーリア州の州都
サン・ニコラ教会

12世紀、プーリア・ロマネスク様式の教会。街の守護聖人であり、サンタクロースのモデルといわれる、サン・ニコライを祀っています。彼の聖遺物は1087年にアジアから運ばれ、それを機に教会が造られ、バーリはサン・ニコライ巡礼の地となりました。さらには十字軍遠征やエルサレム巡礼の基地として、南イタリアの玄関口として、さまざまな地の利を得てバーリは栄えたといえます。

サン・ニコラ教会
サン・ニコラ教会
サン・ニコライ像
サン・ニコライ像
カテドラーレ

聖サビーノに奉納されたこの教会は、プーリア・ロマネスク様式の重要な作品。11世紀前半、十字軍遠征の中心都市だった頃に建てられました。大きなバラ窓が特徴的ですが、石材そのままを活かしたシンプルさはレッチェとは真逆。同じレッチェ石を使っていてもまったく素朴です。路地が込み入った旧市街の小さな広場にあり、いかにも生活に密着した雰囲気も味わい深いものです。

カテドラーレ
カテドラーレ
珍しいバラ窓の装飾
珍しいバラ窓の装飾
スヴェーヴォ城

ノルマン時代の11世紀に建設、その後13世紀にフェデリーコ2世が再建。さらに16世紀、堡塁と本丸が付け加えられました。フェデリーコ2世といえば、イタリアの天下をローマ教皇と2二分した人物。この城からは、彼が聖フランチェスコを泊めたとき、女を遣わせて堕落させようとしたができなかったと書かれた碑文が出土したそうです。中は現在、美術館になっています。

スヴェーヴォ城
スヴェーヴォ城
マテーラ 洞窟住居で知られる世界遺産の町
アップロ・ルカーネ鉄道

マテーラへ鉄道で行くには、バーリから私鉄のアップロ・ルカーネ線に乗ります。南イタリアの典型的なローカル線にゆられて約1時間30分。オリーブの林や葡萄畑、広大な牧草地の中を駆け抜けると、マテーラ中央駅に到着。世界遺産の町だというのに列車は1時間に1~2本しかなく、駅も小さくて閑散としています。このそっけなさも、洞窟住居という特異な町へ向かう期待を高めてくれるのかもしれません。

アップロ・ルカーネ鉄道
アップロ・ルカーネ鉄道
車窓の風景
車窓の風景
マテーラ中央駅
マテーラ中央駅
サッシ地区

旧市街は、凝灰岩に穴を掘ったサッシという洞窟住居の町です。この住居形態の始まりは新石器時代まで遡り、始めは穴を掘っただけのものが、いつしか入口に石積みの建物を造り、内部空間を拡張していくようになりました。窓もトイレもない岩窟に人畜同居、不衛生で貧困の象徴とされた時期もありました。が、1993年に世界遺産に登録されると一転。廃虚化しつつあったサッシは観光資源となり、世界から人が集まるようになりました。

サッシ地区
サッシ地区
内部を公開しているサッシ「グロッタの家」
内部を公開しているサッシ「グロッタの家」
サンタ・マリア・デ・イドリス教会

ビザンチン様式の教会。8~12世紀、この地に逃れてきた修道僧たちが、岩肌を掘り抜いて隠れるように祈りを捧げたのが始まりです。一方向から見るとこんもりとした岩山、もう一方から見ると岩にめり込むようにファサードが。マテーラに130も洞窟教会がある中で、もっとも印象に残る外観です。内部はとても入り組んでいて、実は中で別の教会「サン・ジョバンニ・イン・モンテローネ教会」と合体しています。

岩山のようなサンタ・マリア・デ・イドリス教会
岩山のようなサンタ・マリア・デ・イドリス教会
サンタ・ルチア・アレ・マルベ教会

こちらも洞窟教会で10~11世紀にできたもの。マテーラ最初のベネディクト会僧院でした。岩をくり抜いた壁や柱、その一面にフレスコ画があったそうですが、今はかなりの数が腐食したり、住居に転用された際に失われました。それでもラテン式、東方式など多彩な壁画があり、「授乳の聖母」や「大天使ミカエル」、そして聖ルチアの礼拝堂が見どころです。また、目の守護聖人であるルチアにちなみ、入口には目をモチーフにした装飾があります。

授乳の聖母と大天使ミカエル
授乳の聖母と大天使ミカエル
聖ルチアの礼拝堂
聖ルチアの礼拝堂
ドゥオーモ

1270年完成。町の守護聖人マドンナ・デラ・ブルーナを祀る、プーリア・ロマネスク様式の教会。周りの山肌にサッシが無秩序に張り付く中、すっくと空へ伸びる鐘楼は絶対的な存在感を感じさせます。旅人には町のどこからでも見える道標、それは同時に厳しい住環境にあったサッシ住民にも、生きる標となっていたのかもしれません。ドゥオーモ前の広場からは、サッシ地区をパノラマで見渡すことができます。

ドゥオーモ
ドゥオーモ
旧市街の頂上にそびえる鐘楼
旧市街の頂上にそびえる鐘楼