
錦織圭は僕に、もう一度青春をくれた人だ。
錦織圭選手が、今シーズン限りで現役を退く。
その知らせを受けた時、僕の口から「お疲れさま」という言葉は出てこなかった。
最初に浮かんだのは、別の言葉だった。
「どれだけ悔しいだろう」
圭自身は引退を発表するにあたり、「やり切ったと胸を張れる」と記した。
一方で、「今でもコートに立ち続けたい気持ちはあります」とも明かしている。
その後のインタビューでは、今回の決断を「強制終了」に近い感覚だと表現していた。
肩、膝、腰。練習を重ねれば、体が悲鳴を上げる。
テニスをしたいという気持ちはあるのに、体がその思いに応えてくれない。
それは、どれほどタフな決断だっただろう。
僕は、圭のテニスは、今でも世界で勝てると思っている。
これは、思い出を美化して言っているのではない。
2025年の香港では、6年ぶりにATPツアーの決勝まで勝ち上がった。
僕が見ていて驚いたのは、昔の圭に戻ったことではない。
むしろ、昔より選択肢が増えていたことだった。
スライスを使い、相手のリズムを外す。
ベースラインの内側に入り、勝負どころでは一気にギアを上げる。
「ゾーン圭」は、まだそこにいた。
だから、僕はまだ「お疲れさま」とは言いたくない。
圭は、まだ終わっていない。
思えば、僕はずっと錦織圭という選手に驚かされ続けてきた。
最初の出会いは11歳。
全国大会で初めて圭のプレーを見た時のことは、今でもはっきり覚えている。
小さい。華奢。ものすごく足が速いわけでもない。
ところが、ラケットを握った途端、少年が別人になった。
ボールを打っているというより、ボールと遊んでいた。
ラケットは道具ではなく、体の一部だった。
まるでテレビゲームの主人公が、自分だけ時間の流れが違う世界で自由自在に動いているように見えた。まさに、雷に打たれたような衝撃だった。
「天才が現れた」
そう思った。
それまで僕は、自分の現役時代の反省から、日本のジュニアにはできるだけ早い段階で世界を経験させなければいけないと考えていた。
僕が本気で世界を意識したのは18歳。遅かった。
その悔しさが、「修造チャレンジ」を始める大きな動機にもなった。
だから圭を見た時、一日でも早く世界を感じさせたかった。
まず取り組んだのは、それまで14歳以下から始めていた合宿を12歳に引き下げること。
そして12歳の圭を、18歳以下の国際ジュニア大会にチャレンジさせたいと思い、大会側にお願いした。当然、認めてもらえない。
それならばと、僕自身が大会のスポンサーになり、主催者推薦で出場できる形を作った。
最初の年、圭は年上の大きな海外選手を前に、体格差を意識したプレーをしてしまい、負けた。
当たり前である。相手は外国人。しかもジュニアとはいえ、180センチを超える選手は圭から見たら大人だ。
ただ、僕は皆の前で、腹筋が壊れるくらいの勢いで伝えた。
負けたからではない。
「大きいから勝てない」
その考えだけは、持ってほしくなかった。
圭が世界へ行けば、自分より大きな選手と戦うことが日常になる。
それを「できない理由」にした瞬間、圭の可能性は圭自身によって閉じられてしまうと思ったからだ。
ところが翌年、13歳になった圭を見て、僕は再び衝撃を受けた。
大きな相手を前にしても、もう逃げない。そして、勝利ももぎ取った。
今でも、圭の試合で最も心に残っている試合の一つだ。
まさにドリームテニス。見たことのないテニス。オンリーワンのテニスだった。
試合中、僕たちが応援すると圭は小さくうなずく。
でも、答えを求めてこちらを見ることはなかった。
自分で感じ、自分で決め、自分で責任を取る。
13歳にして、すでにコートの中に一人で立っていた。
「圭は必ず世界へ行く!」
僕は確信した。
でも、今振り返ると不思議なものだ。
当時は、僕が圭に世界を見せたいと思っていた。
ところが、世界を見せてくれたのは、圭のほうだった。
IMGアカデミー時代、圭には「プロジェクト45」という目標があった。
僕の自己最高世界ランキング46位を超えるという意味だったという。
僕は、追われる側だった。
しかし、圭はあっという間に僕を追い越した。
18歳でATPツアー初優勝。
2014年全米オープンでは世界1位のノバク・ジョコビッチを破り、日本男子として初めてグランドスラムのシングルス決勝へ進んだ。
最高世界ランキングは4位。ツアー12勝。
リオデジャネイロ五輪では銅メダルを獲得した。
僕が現役時代、必死に見上げていた世界の景色。
そのさらに向こう側へ、果てしなく遠くへ、圭は行った。
2014年の全米オープンで圭が決勝へ進んだ時、最初に出てきた思いを今でも鮮明に覚えている。
「驚きよりも、感謝のほうが強い」
11歳で出会った時から、世界へ行けると信じていた。
しかし、「行けると信じること」と「本当に行くこと」はまったく違う。
圭は夢を語ったのではない。
夢を現実にした。夢を掴んだのだ。
日本人でもグランドスラムの決勝に立てる。
世界1位を倒せる。
世界ランキングの頂点を本気で狙える。
それまで日本人の中にどこか存在していた「世界は遠い」という距離感を、圭は一気に縮めてしまった。
しかし、僕が圭に感謝しているのは、記録のことだけではない。
僕は圭から、テニスそのものを教えてもらった。
世間では、僕が圭の「師」と表現されることがある。
でも、それはまったく違う。
教えてもらったのは、僕のほうだ。
僕は現役時代、どうしても力が入る選手だった。
構える。準備する。一所懸命打つ。だが、硬い。
圭は違う。感じて、打つ。だから自由なのだ。
圭が選択するショットは、僕のテニスの常識から外れていた。
そこに打つのか。
そのタイミングなのか。
そこでドロップショットなのか。
「なぜ?」と思っている間に、ポイントが終わっている。
僕は「一度でいいから錦織圭の体の中に入ってみたい」と思っていた。
大げさではない。
圭にはボールがどう見えているのか。
時間はどんな速さで流れているのか。
なぜ、あれだけリラックスした状態から、想像を超える一球が出てくるのか。
僕には分からない。
世界中を見渡しても、その「フィーリング」という意味で、僕が同じ種類の特別さを感じたのは、ロジャー・フェデラーと錦織圭だけだった。
そして、圭のテニスは、ただ美しいだけではなかった。
世界のテニスに、一つの変化をもたらしたと僕は思っている。
当時、トップ選手の多くはベースラインから下がり、圧倒的な守備力とフィジカルで戦っていた。
そこへ圭は、前に入った。
ベースラインの上でボールを捉え、ライジングで相手の時間を奪った。
体格で勝てないなら、力と力で戦わない。
「柔よく剛を制す」だけではない。
軽やかさで制する。
時間で制する。
予測で制する。
間で制する。
巧さで制する。
相手より強い球を打つのではなく、相手が強い球を打つための時間を奪ってしまう。
気がつけば、世界のトップ選手たちも前へ入るようになった。
11歳の時には「自由に遊んでいる」と感じた少年のテニスが、やがて世界の戦い方の一部になった。
ただ、そのテニスには代償もあった。
圭は何度も怪我に苦しんだ。
戻ってきたと思えば、また離れる。
ランキングが落ちる。
また一から始める。
2018年、怪我から復帰した圭は、チャレンジャーという舞台から、泥臭くポイントを積み重ね、もう一度トップへ戻ろうとしていた。
圭は以前、僕とのインタビューで「怪我は友達だと思うようにしています」と話したことがある。
すごい言葉だと思った。
怪我を敵にすれば、憎しみしか残らない。
でも圭は、それさえ自分の人生の一部として受け入れようとした。
圭らしい柔らかさだった。
同時に、圭らしい強さだった。
その圭が、ついにラケットを置く決断をした。
僕にとって、錦織圭とは何だったのだろう。
考えれば考えるほど、一つの言葉にたどり着く。
第二の青春。
僕の現役生活は1998年に終わった。
本来なら、僕の「世界への挑戦」もそこで終わったはずだった。
ところが、圭が現れた。
圭が勝つと、心が躍った。
負けると、本気で悔しかった。
怪我をすると、どうかもう一度戻ってきてくれと願った。
復帰すれば、「まだいける」と勝手に力が入った。
すべてが、僕自身が現役時代には見ることのできなかった景色だった。
僕は圭を応援しているつもりでいた。
でも、本当は逆だった。
圭が僕をもう一度、世界へ連れ出してくれた。
心を震わせてくれた。
悔しがらせてくれた。
夢中にさせてくれた。
青春とは、年齢ではないのだと思う。
何かに夢中になること。
本気で悔しがること。
まだ見たことのない景色を見たいと思うこと。
それが青春なら、錦織圭は僕に、もう一度青春をくれた人だ。
だから今、圭に一番伝えたい言葉は、やはりこれしかない。
ありがとう、圭。
世界に連れていってくれて、ありがとう。
グランドスラムの決勝という景色を見せてくれて、ありがとう。
何度怪我をしても、そのたびに戻ってきてくれて、ありがとう。
そして何より、テニスはこんなにも自由で、こんなにも深く、こんなにも人を夢中にさせるものなのだと教えてくれて、ありがとう。
ただ、これはまだ「最後のありがとう」ではない。
今シーズンは、まだ終わっていない。
圭は残された試合を戦う。
東京では、最後のジャパンオープン出場も予定されている。
だから僕はまだ、「お疲れさま」とは言わない。
引退を決めた時、人は最後のエネルギーを解き放つ。
僕はそう信じている。
まだ勝てるぞ、圭。
僕たちの想像を裏切ってくれ。
最後の一球を打ち終える、その瞬間まで、錦織圭でいてほしい。
そして僕も、その一球まで見届けたい。
僕の第二の青春は、まだ終わっていない。
圭がコートに立っている限り、僕の青春も続いている。
ありがとう、錦織圭。
錦織圭に出会えたことが、僕のテニス人生の宝物です。


