視聴者リクエストNo.1! ウラジオストクからモスクワまで大陸横断の旅!

シベリア鉄道9300キロを行く

1904年に開通し、欧州への最短ルートとして多くの日本人を運んだシベリア鉄道。世界一広大な国を横断する旅路は、今も直通運転で6泊7日かかる大旅行です。日本海沿岸のウラジオストクから、世界遺産のバイカル湖、アジアと欧州を分かつウラル山脈を越え、首都モスクワへ。各地に息づく伝統や文化、激動の歴史を感じながら大走破します。

碧き瞳バイカルに沿って ウラン・ウデ〜イルクーツク〜ノヴォシビルスク

碧き瞳バイカルに沿って ウラン・ウデ〜イルクーツク〜ノヴォシビルスク

ウラン・ウデ Ulan-Ude ブリヤート共和国の首都
イヴォルギンスキー・ダッツァン

1946年建立のチベット仏教寺院。ロシアにおける同教の総本山で、1992年にダライ・ラマも訪れています。この地域では古くからチベット仏教を信仰。強制的なキリスト教化政策やソ連時代の宗教弾圧などを耐え抜いて、今も多くの人々が祈りを捧げています。

イヴォルギンスキー寺院仏塔
イヴォルギンスキー寺院仏塔
オムリョフカの丘
オムリョフカの丘
セメイスキー

ウラン・ウデから南に約50kmのタルバガイ地区へ。ここにはセメイスキーというロシア正教古儀式文化が残っていて、世界無形文化遺産に登録されています。ヂェシャートニカヴァ村には、色鮮やかな装飾を施した18世紀後半の木造家屋が残り、今も人々が伝統文化を守って暮らしています。

セメイスキーの村
セメイスキーの村
イルクーツク Irkutsk シベリアのパリと呼ばれる大都市
ヴォルコンスキーの家

1825年、皇帝の専制と農奴制に叛旗を掲げ、武装蜂起した貴族「デカプリスト」たち。夢破れてシベリア送りにされた彼らの流刑地が、辺境のイルクーツクでした。金鉱掘りや商人たちが住む町に、貴族たちが教育や芸術を持ち込んだ結果、現在の美しい景観や文化的雰囲気が備わったといわれています。貴族の1人、ヴォルコンスキーが住んだ家は今、博物館として公開されています。

デカプリスト・ヴォルコンスキーの家
デカプリスト・ヴォルコンスキーの家
ズナメンスキー女子修道院

イルクーツクで一番古い、1762年建立のロシア正教女子修道院。ソ連時代には飛行機工場となっていましたが、1994年に修道院に戻されました。大聖堂内には、17〜19世紀のイコンが眩いばかりに飾られ、まるで別世界のような雰囲気。賛美歌の声が響く中、礼拝の様子を見学することもできます。

ズナメンスキー女子修道院
ズナメンスキー女子修道院
バイカル湖 Lake Baikal 世界最古・最深・最大水量の湖
バイカル湖

2500万年前に深海が陸に封じ込められ、淡水化した湖。面積は約31,500平方キロメートルで琵琶湖の約47倍、最深部は約1,680m。水量は世界の淡水の20%を占め、世界最高の透明度を誇ります。これほど大きくても1年の半分は凍結し、かつては氷上に線路を敷いてシベリア鉄道を運行していました。オームリという魚やバイカルアザラシなど1500以上の固有種が生息し、世界自然遺産に登録されています。

バイカル湖
バイカル湖
オームリの燻製
オームリの燻製
バイカルアザラシ
バイカルアザラシ
バイカル湖岸鉄道

シベリア鉄道のイルクーツク〜スリュジャンカ間は、かつてポート・バイカル駅を経由して湖畔を走っていました。山越えルートが開通してからは「バイカル湖岸鉄道」として一部が残され、湖をより近くに見られる絶景スポットとして、観光客に親しまれています。

バイカル湖岸鉄道
バイカル湖岸鉄道
キルキレイ駅
キルキレイ駅
ノヴォシビルスク Novosibirsk 鉄橋で発展したシベリアの中心的都市
ニコライ礼拝堂

イルクーツクからは特急バイカル号に乗り、ノヴォシビルスクへ到着。シベリア鉄道のほぼ中央に位置するこの街の中でも、ニコライ礼拝堂は「ロシアの真ん中」といわれる記念撮影スポット。ロマノフ家300年記念に建てられ、1913年に破壊されましたが、市制100年を記念して1993年に再建されました。

ニコライ礼拝堂 外観
ニコライ礼拝堂 外観
ニコライ礼拝堂
ニコライ礼拝堂
国立オペラ・バレイ劇場

ロシア第3の都市だけあり、文化水準も高いノヴォシビルスク。多くの劇場やホールがあり、このオペラハウスも「シベリアのボリショイ劇場」と称されるほどレベルの高さを誇ります。威風堂々とした外観、2000人収容の荘厳な客席は、ただただ圧倒されるばかり。もちろん、専属バレエ団も国内外で高い評価を受けています。

国立オペラ・バレイ劇場
国立オペラ・バレイ劇場
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