いりびと-異邦人-ドラマ特設ページ リレーコラム #4

大学教授が語る「京都」の背景知識
「高い敷居と御縁の街」

制作秘話から、撮影論、演技論まで。
バラエティ豊かなライター陣が、
「いりびと-異邦人-」鑑賞に“あらたな視点”を加えるリレーコラム。

第四回目は、龍谷大学教授で京都文化や京ことばの研究者
泉文明氏からお届けします。

京都には響きがある。早朝の禅修行僧行脚の「オーッオーッ」という声、西陣の機(はた)の音、舞妓さんのこっぽりの音、町家の格子戸を開け閉めする音、錦市場の商いの掛け声、夕闇の中に遠くより聞こえるお寺の鐘の音、大学キャンパスの賑い。いずれもこの街の空間を感じさせてくれる。

京都には色がある。春の薄霞に浮かぶ平安神宮や円山や仁和寺の淡桜。夏の都大路を彩る各山鉾の多彩な色。五山送り火の闇と炎のコントラスト。秋の永観堂や清水の紅葉。冬の北山の雪化粧。同じ関西にあっても絵画に例えるなら、奈良は水墨画、神戸はパステル画、さしずめ京都は水彩画の印象を醸し出している。

この京都洛中に代々暮らし、四〇〇年の歴史ある日本最古の大学、龍谷大学で教鞭を執るわたくしにとって、本作「連続ドラマW いりびと-異邦人-」との出会いはエポックメーキングなことであった。京ことば・京都民俗学・京都人のコミュニケーション論等を専門としていることから、京都府庁や京都市役所等々から京ことば京文化についての知見を求められることが多いが、映画に関していえば「天地明察」や「舞妓はレディ」の京ことば指導・京ことば考証等にも当たってきた。

御縁を頂いた二作品と同様に、本作「連続ドラマW いりびと-異邦人-」にも、原作者・企画・監督・脚本・キャスト・スタッフ・プロデューサー・音響・衣装・カメラ等々、制作に携わった全ての方々の並々ならぬ京都愛を感じた次第である。

いりびと-異邦人-

京ことばと京都人気質が象徴的かつ自然に表されているシーンは随所に見られる。

例えば、京の画商美濃山の挨拶が「お越しやす」なのであるが、京都人は「お越しやす」と「おいでやす」(江戸ことばではどちらも「いらっしゃいませ」になるが)をしっかりと使い分けている。作品でも顧客来客への挨拶語として使われている。

産科医が篁菜穂に「……せなあきません」というセリフがあるが、これもいかにも京都人を感じさせてくれる。医師や学者や僧侶神官や家元、師匠などが多いことで知られる京都であるが、「……ないとダメですよ」とは言わない。このように言ってしまうとエラそうでキツく響く。そうならないために、ものごしが柔らかく、上から目線ととられないような気配りをした言い方が好まれるのである。

美濃山の菜穂とのやりとりでは、店員が持ってきたお茶を合図して制止し、「すんません。お役に立てんと」と言っている場面がある。決して「わたし(美濃山)のとこ(所)へきゃはったん(来られたの)は御門(おかど)違いでっしゃろ。帰っとくれやす」とは言わない。あくまでも役に立てない自分が悪いのであり、詫びるというカタチを採っている。ここには、京都人の義理堅さや人情や知恵が凝縮されている。照山と菜穂の双方への気遣いから、両者の顔を立てて傷つけることなく、しかし自分の意志と立場は全うしようとする局面である。

菜穂と美術ジャーナリスト木戸が美濃山の店を後にする場面でも、如何にも京都人らしい側面が見られる。見送る美濃山と店員は、客が角(辻)を曲がるまで見送っている。客もまたそのことを心得ていて角を曲がる時、振り返って一礼する。これも京都人にとっては日常のごく当たり前のことであるが、見送る側と見送られる側の相互の謝意と以降も懇ろに願いたい、という意思表示である。

いりびと-異邦人-

書の師匠鷹野のセリフに「もうじき祇園さん(祇園祭)やなー」という一節がある。これも京都独特の表現方法である。京都の寺社や名所は時として、時節や位置・場所・方角の代名詞となる。京都の大学生も「週末の飲み会、祇園さん前に集合や。先生もきゃはんにゃて(週末の飲み会、八坂神社石段下に集合だ。<ゼミ担当者或いは部活サークル顧問など>も来られるんだって)」というのも、特段珍しくもなく、他府県出身者もすぐに慣れてしまうようである。

相手への批判や警告を発するような場合には、作中で篁一輝に美濃山が「(菜穂のことを)元気のええ奥さんで……」と言う場面があるが、これは「節度をもて/わきまえろ/控えさせろ」という意味をオブラートに包んで言い表しているものである。子供がはしゃぎすぎていると「元気なお子達で……」と言われ、娘がピアノの練習に明け暮れていると「お宅のお嬢さんピアノお上手ですなー……」と褒められる。もちろん真意は「うるさい。迷惑だ」である。

古都、観光都市、歴史都市、宗教都市、文化都市などと形容されるこの街は、日本人にとってどこかノスタルジックな陰影を投げ掛け続ける。京都は他都市の人にとって凛とした敷居の高い“御所(おんどころ)”なのであろう。

龍谷大学教授・文学博士 泉文明
(京ことば・京都民俗学・京都人のコミュニケーション論等が専門)

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