愛’S EYE WOWOWテニス・スペシャルコメンテーターの杉山愛が、 世界を舞台に戦ってきた経験を基に、 試合を分けたポイント分析から、 テニスを通じて得たさまざまな知識・経験まで、 独自の視点を披露する!
杉山愛 オリジナルコラム 【愛'S EYE】
第122回 テニス選手と試合中のケガについて
棄権すべきか続けるべきか。選手は痛みだけでなく心の葛藤とも戦います
テニスは本当にハードなスポーツで、ツアー生活も過酷なので、選手にケガはつきものです。
試合中でもトレーナーを呼んで3分間のトリートメント(処置)を受けることができるのですが、そのまま続行すべきかどうかは、最終的に自分で決めなくてはなりません。すぐに治りそうなケガなのか、処置を受けても改善せず、今後にも響きそうなのか。もちろんトレーナーも意見を言ってくれますが、試合の重要度とか、その後の試合予定なども考えて最後は自分で判断します。
もちろん最後までプレーしたいけれども、ここはプッシュすべきじゃないな、という時もあれば、無理をしても最後までやりきりたいという時もあって、様々です。もちろん、ケガの大きさにもよるので、気持ちの葛藤がすごくありますね。
当然、ケガをしないで健康で戦うことがベストで、それには普段からのケアとトレーニング、それと「自分の体からの声」に耳を傾けることもすごく大切です。普段からその声をよく聞いていれば、コート上でのアクシデントにもある程度、適切な判断ができると思います。1試合無理をしたことで選手生命にかかわることもあるので、しっかり見極める必要がありますが、それも普段からの体の声との対話がキーになると思います。
体の声を聞くとは、体の違和感を敏感に感じとる、違和感を無視しないということです。私も現役時代には大きなスランプを経験しました。何か兆候はあったと思うのですが、見て見ぬふりをして通り過ぎたことで深いところまで落ち込んでしまったのだと思います。けがについても、同じようなことが言えるのではないでしょうか。
体のどこかに少し痛みがあるとします。もしかしたら、よくない打ち方をしている可能性もあるし、体のバランスが崩れていて、ある部分に負担がかかっているのかもしれない。例えば手首やひじが痛い時は、大きな筋肉が疲労していて、その筋肉をうまく使えていない可能性があります。痛みは、そのことを教えてくれているのかもしれません。
だから、体の違和感というのは、技術的、肉体的な問題点に気づかせてもらうチャンスでもあるんですね。「体のバランスを整えなさい」「疲れを取りなさい」「違う筋肉を刺激しなさい」というようなメッセージだと受け取れば、怪我も大きくならないと思います。
テニスの調子というのも似ていますね。「なにか…」「どこか…」と思いながらもダラダラと負けが続く。これは、実は体調が100%ではなくて、どこかが足を引っ張っているのかもしれません。でも、そこに気づかず、テニスの調子自体が悪いと思っている場合もありえます。体が使えないから調子を落としている場合もあれば、逆に、痛みが出るのは打ち方がおかしくなっていてその部分に負担がかかっている可能性もある。だから表と裏の関係ですね。
トップの選手、中でもフェデラーが安定したパフォーマンスと成績を維持し、長くトップにいられるのは、体のちょっとした違和感を感じ取れる力があるのだと思います。また、理にかなった動きが自然にできるから、筋肉に負担がかからない。だからこそ長くトップの座に君臨できるのしょうね。
ただ、そうは言っても、ケガだけは、いくら予防しても防げません。個人競技は団体競技と違って、代わりの選手はいません。満足のいくプレーができないのに、その場に立っていなくてはいけないというのもつらいものです。「こんな試合なら観客も見たくないだろうな」などと余計なことまで考えたり。また、先のことも考えなくてはなりません。長く休めばランキングは落ちるし、そうなったら下部ツアーの大会に出なくてはいけなくなるかもしれないし……。
選手は、そうやって自分でディシジョン(決断)しなくてはなりません。そこではたくさんの葛藤があると思います。そんな選手たちの胸の内を想像すると、テニス観戦がもっと興味深いものになると思います。
- 杉山 愛
- 生年月日:1975年7月5日
出身:神奈川県
主な戦績:
WTAツアー最高世界ランク シングルス8位 ダブルス1位
国際公式戦勝利数:シングルス492勝 ダブルス566勝
WTAツアー:シングルス優勝回数6回
ダブルス優勝回数38回
公式戦通算試合数:1772試合(シングルスとダブルス)
グランドスラム62大会連続出場のギネス記録を持つ。