![]() 北米最大の民間の廃棄物処理会社。顧客やコミュニティーと連携し、収集から処理まで廃棄物の管理と削減を行う。一方で資源の回収とクリーンな再生可能エネルギーを作り出す事業も展開。 一般家庭、工場、地方自治体、企業といった2千万以上の顧客を抱え、2010年の売上は125億2千万ドル。従業員数は4万5千人。 現在は、“環境パフォーマンス”向上に取り組んでいる。 資源価値を最大限に引き出し、かつ環境への影響を最小限にすることで経済成長と環境保護を共存させることを目標に、これまでの経験と資源を生かし、産業廃棄物業界・コミュニティー・環境の3者にとって有益なプロジェクトを推し進めている。 ![]() HOAレストラングループは、アトランタを拠点としフランチャイズ展開している。現在の店舗数はアメリカを中心に日本を含む全世界で455店を超える。 1983年、フロリダ州クリアウォーターで第1号店がオープン。店最大の売りはオレンジのショートパンツに白いタンクトップを着たセクシーなフーターズガール。現在、チェーン全体の従業員は2万5千人、うち1万7千人がフーターズガール。 女性の性を売り物にしているという批判に対して、会社側は、女性としての魅力を武器に仕事をする権利が認められるべきだと考える。また同社はセクハラ撲滅への取り組みも積極的に行う。「セクシーさを売って、ステーキも運ぶ」がフーターズのモットー。 前社長である父の事業を継ぐ気はなかったが、兄が会社の飛行機の墜落事故で他界。34歳の時、やむなく社長の座に。現在では、前社長である父が誇りに思ってくれるような仕事をしたいと励んでいる。 プライベートでは息子1人、娘2人を持つシングルファーザー。休日は子供たちとバスケやトランプなど家族サービスをする一面も。 ![]() 1927年にテキサス州ダラスの氷販売店として始まる。いまや世界最大のコンビニチェーンに成長し、アメリカとカナダで7200店舗以上を、アジアの国々やメキシコ、オーストラリア、北欧など海外でも3万3600店舗以上を展開。 世界をリードする企業となった同社は、開業以来84年間に多数の企業や団体から高い評価を受けてきた。最近では、「G・I・ジョブス」誌の“軍隊出身者を友好的に受け入れる雇用主トップ100”にランクイン。セブン-イレブンは、このリストに入った全ての小売業者の中で3位にランクされ、唯一の食料品店でもあった。モットーは、店のドアは常に開かれ、親切なスタッフが迎える。そして、素晴らしい品ぞろえで新鮮かつ高品質な商品を、納得の価格で購入できること。 労働者階級の家庭で育ち、13歳のときに新聞配達のアルバイトを始め、のちに陸軍士官学校に進学。妻は第一印象を「陸軍の賢い士官」と話す。当時の経験から、従業員を守る義務があると主張。モットーは、どんな事態にも対処できる準備を徹底すること。 プライベートでは、妻と息子4人の6人家族。休日は自宅の庭で子供たちとラグビーなどをして楽しんでいる。 ![]() 1921年創業で、オハイオ州に本社を置く。アメリカでもっとも古いハンバーガー・チェーン。現在は421店舗を展開。フランチャイズ経営が増える中、未だに家族経営を貫く。 初めて100万個のハンバーガーを売り、初めて10億個のハンバーガーを売った。そして冷凍のファストフードを初めて作った。店舗のほか、製パン工場、調理工場を持ち、毎年5億5千万個のハンバーガーを売り上げる。 成功の理由は、創業以来、同社は独自のアプローチによって、人々の求めるものに対し食べ物という形で答えることにより、全米中のクレイバーたち(ホワイト・キャッスルのハンバーガーを食べたいと切望する人たち)の変わらぬ支持を得ていること。 ホワイト・キャッスルを経営するイングラム一族の4代目。 この一家に生まれたおかげで何不自由なく暮らしている。しかし、贅沢な習慣により、体重は123キロ、高血圧、高コレステロールで心臓発作寸前に。2年間必死でダイエット。 プライベートでは、妻と息子2人の4人家族。趣味はスポーツカー。 ![]() 本社はケンタッキー州ルイヴィル。売上はほぼ5億ドル。 1873年、M・ルイス・クラーク大佐が、伯父のジョン&ヘンリー・チャーチルから土地を借り、1875年には競馬場がオープン、第1回ケンタッキーダービーが開催された。2006年にはホースレーシングTVの株の半分を取得。会員制サイトを立ち上げ、業界最高のデータを誇る情報プロバイダーBRISや、競馬・賭博サイト、さらには企業買収により成長を続ける。 その他傘下には、フェア・グラウンズ・OTB&カジノ、ハーロウズ・カジノ・リゾート&ホテル、場外競馬施設を運営するケンタッキー・オフトラック・ベッティング、場外賭博施設など。 学生時代はロースクールに通い、卒業後は会社法や企業のM&Aの分野で働く。競馬とは無縁の世界で育ってきたため、経営にプレッシャーを感じている。 馬が怖くて15年乗っておらず、遠くから眺めるだけ。しかし、自分の娘たちは馬が大好き。 ![]() 米国を含む全世界で展開する、企業対消費者(b2c)取引の大企業向け電子商取引と、双方向マーケティングソリューションの大手プロバイダー。東京オフィスも開設。売上は10億ドル以上。一流ブランドの商品をオンラインで販売し、ウェブサイトのデザイン、電話の対応、商品の発送まですべてを代行。電子商取引とマルチチャネル事業の全側面について助言し、ブランド駆動型の事業計画を策定することで、売り上げを最大化し、全チャネルを通じて顧客ロイヤルティーの強化を図る。 子供の頃から商売が好きで8歳で目覚めて以来ビジネス一筋、21歳までには売上1億ドルを超える。勝つのが大好きな仕事人間で、休む暇もなく毎日働き詰め。常にデスクか会議室、家でもブラックベリーとにらめっこ。 プライベートでは、妻と娘の3人家族。仕事に全身全霊を捧げているので家族サービスはおろそかになってしまう。 ![]() 従業員1万人以上、10州で26の娯楽施設を有する、米国最大の家族経営によるテーマパーク企業。売上は3億ドルを超える。子会社HFEマネージメント・カンパニーは、施設を商業的、創造的に運営。 1950年、ヒューゴ&メアリーのハーシェンド夫妻がミズーリ州ブランソン近くの観光洞窟マーヴェル・ケイヴを借り受けた。10年後、洞窟の客を楽しませるため、未亡人となったメアリーは17人のスタッフと1880年代を再現した村“シルヴァー・ダラー・シティ”をオープン。 テネシー州ではカントリー歌手ドリー・パートンをパートナーとしてドリーウッドをオープン。他にも受賞歴を誇るテーマパーク、ウォーターパーク、水族館を展開。 生活が苦しく、貧しい子供時代を過ごす。大学を卒業後、自動車業界に就職し、若くしてサーブ・ノースアメリカのCEOに就任。その後現職に。 プライベートでは、妻と娘4人の6人家族。娘の1人は中国からの養子。一時は家庭を顧みず働き、家族と疎遠になり、酒に溺れることも。現在は家族を大切にしている。 ![]() 1933年に洗濯機のモーター、ローラースケートのタイヤ、ケーブル、刃を組み合わせ、排水管を掃除する画期的な機械を発明。翌年、この機械を“ロートルーター”と命名。 1935年に設立され、現在では北米最大の排水管清掃会社である。 1980年、ロートルーター社をケメット・コーポレーションに売却。会社の拠点をシンシナティに移す。現在、一般家庭及び企業に対して排水管修理やメンテナンスサービスを行う。100を超える直営店及び契約販売会社と500を超えるフランチャイズ加盟店を通してアメリカの約90%の人口をカバーする規模でビジネスを展開。 労働者の家庭で育ち、父のアルコール依存症により、家族は悲しい思いを経験。大学に入って新たな人生を歩み、社会に出て出世の階段を登ることに。 プライベートでは、妻、娘と共に豪邸暮らし。自身が子供のころ苦労した経験から人一倍一生懸命働こうという気持ちが強い。 ![]() 創設者でCEOのジム・マッキャンは、1976年に最初の小売店をオープン。ニューヨーク都市圏に14のチェーン店を展開。1986年、1-800-FLOWERS(1-800-356-9377)の電話番号を買い取り社名を変更した。1992年に電子商取引に参入、オンラインビジネスに進出して、1995年にはウェブサイトを開設。世界有数のフラワーアーティストによる洗練されたフラワーアレンジメントを同日配達するサービスを提供。電話、インターネット、店舗のいずれかで、24時間いつでも買い物することが可能。さらに、室内装飾品、子供向けギフト、ポップコーン、焼き菓子、高級チョコレート、ワインなども展開。 夢は弁護士になることだったが、兄の誘いを受け兄弟で会社を経営。始まりは小さな花屋。両親を早くに亡くしており、今の成功を見せられなかったことを悔やんでいる。理想主義者で、アイデアの可能性を重視。非常に負けず嫌いで、創業者でCEOである兄に自分のトップとしての実力を示したいと思っている。 |