UEFA EURO 2012TMに合わせて開催国を紹介。

ポーランド周遊1200キロ ウクライナ周遊2000キロ

今回は、ついに開幕する4年に1度のサッカーの祭典、ユーロ2012に沸く2つの開催国を訪問。同じスラブ文化圏でありながら、西欧と隣接し独自の文化を築いてきたポーランドと、今なお色濃いスラブ文化が息づくウクライナを紹介します。現役のSL路線など見どころも多い鉄道旅を、表情豊かな東欧の文化、美しい自然風景とともにお届けします。

[ウクライナPART1]キエフ大公国の盛衰を見つめて リヴィフ~キエフ~ポルタヴァ

キエフ大公国の盛衰を見つめて リヴィフ~キエフ~ポルタヴァ

リヴィフ ウクライナ民族の誇り高き古都
聖アンドレイ教会

17世紀に30年かけて造られ、現在はウクライナ・カトリックの総本山。その昔リヴィフの街の城門は、この教会の18時の鐘を合図に閉じられていました。あるとき鐘楼に上った僧が、攻めてくるタタール軍を見つけ、まだ17時55分だったにも関わらず鐘を鳴らしたそうです。おかげで5分早く城門が閉められ、街は守られました。今でもその逸話に倣って、夕刻の鐘が5分早く鳴らされています。

聖アンドレイ教会
聖アンドレイ教会
教会内部
教会内部
ウスペンスキー教会

人口85万人の街に130もの教会があるリヴィフ。大都市モスクワでも150なのでその多さは際立っています。ウスペンスキー教会は、ゴシック様式のローマカトリック教会。1591~1629年のポーランド統治時代に造られました。併せて見たいのが、その裏手にあるボウイム家の廟。1606年から15年かけて豪華に造られた大商人の墓所です。外壁も内部にも隙間なく飾られた聖書物語のレリーフは必見。

ウスペンスキー教会
ウスペンスキー教会
リノック広場

旧市街の中心地。16世紀から残る建物に囲まれ、趣きある外観を見るだけでも楽しい広場です。ルネッサンス様式の黒い建物は、リヴィフ歴史博物館。ダイヤ模様の浮き彫りが目を引きます。裕福なギリシア商人コルニャクトの家は、後にポーランド王となったヤン・ソビェスキーも住んだ邸宅。ルネッサンス様式の円柱回廊が立ち並ぶ中庭のイタリア庭園は、おしゃれなカフェになっています。

黒い石造りの館
黒い石造りの館
コルニャクトの家・中庭
コルニャクトの家・中庭
薬局博物館

リヴィフ最古の薬屋でもある薬局博物館。創業1735年、当時からある「鉄ワイン」は万病薬として知られています。レジの後ろにある扉を入ると、内部は中世そのままの石造りの部屋や階段が。薄暗い棚に古い調剤器具や薬瓶が並び、博物館というより時の迷宮に入り込んだような錯覚に。かつて錬金術が科学を進歩させたといいますが薬学も無関係ではなく、密かに錬金術を行っていた部屋が残されています。

薬局博物館
薬局博物館
錬金術の部屋
錬金術の部屋
鉄ワイン
鉄ワイン
民芸品マーケット

旧市街の小さな広場で開かれる民芸品市。ウクライナ刺繍を施した「ルシニク」は聖なる布という意味で、来客のもてなしや祭壇のイコンを飾るために使います。刺繍は地方に固有の模様があり、昔は衣服や日用品にふんだんに使われたウクライナのアイデンティティでした。刺繍の手を休めることなく話しかけるおばさんには、ロシア語ではなくウクライナ語で返すと好印象。オマケしてくれるかもしれません。

民芸品マーケット
民芸品マーケット
ウクライナ刺繍
ウクライナ刺繍
キエフ 1500年の歴史あるウクライナの首都
ドニエプル川

伝説によればキエフは、5世紀後半にポリャーネ氏族の4兄妹が町を造り、長男の名前を取って「キィの町=キエフ」と名付けられたと言われています。時を経て988年、ギリシャ正教を国教として、キエフをキリスト教文化圏の一大中心地へのし上げたのはウラジーミル聖公。ともに国の成り立ちに大きな影響を与えた彼らの像は、ドニエプル川のほとりに佇んでいます。

ドニエブル川とウラジーミル聖公像
ドニエブル川とウラジーミル聖公像
ソフィア大聖堂

1037年にヤロスラフ賢公によって建設された、キエフ最古のキリスト教会。儀式や迎賓にはもちろん、図書館や大学も併設され、ウクライナの宗教・文化の中心的役割を担ってきました。外観は17世紀に再建されましたが、内部は11世紀のまま。一面に施されたモザイク画やフレスコ画に圧倒されます。両手を上げた聖母「オランテ」のモザイク画は、これがある限りキエフは安泰という言い伝えがあります。

オランテ
オランテ
ヤロスラフ賢公像
ヤロスラフ賢公像
ペチェールスカ大修道院

東スラブで最も歴史ある修道院。幾つもの教会、博物館、聖堂が、全長7kmの城壁に囲われています。1051年に河岸の洞窟で修行を始めたことに由来し、その洞窟は今、修行僧が眠る墓所になっています。主聖堂であるウスペンスキー大聖堂、12世紀の姿を留める院内唯一の建物である聖三位一体教会など、各所に夥しいほどのイコンやフレスコ画、聖具があり、1日かけても見切れない一大聖地です。

三位一体教会
三位一体教会
アンドレイ教会

ロシアの女帝エリザヴェータのキエフ来訪を記念して建てられた、バロック様式の教会。女帝はエルミタージュ宮殿も手がけたお気に入りの建築家に設計を依頼し、建設に際しては自ら礎石を置き、現場で指揮も執ったそうです。エレガントな教会の前には、土産屋が軒を連ねるアンドレイ坂が。下っていくと古い町並みが残る下町ポジル、そしてケーブルカーがあり、ドニエプル川畔の山の手地域に出られます。

アンドレイ教会
アンドレイ教会
ケーブルカー
ケーブルカー
ポルタヴァ 激戦の歴史を刻む閑静な地方都市
ウクライナ鉄道(UZ)

ウクライナの鉄道は1991年の独立後、ソ連時代の6つの鉄道会社の路線や機材を受け継いで創立されました。壮麗なバロック様式のキエフ駅から列車に乗り込み、ポルタヴァへ向かいます。ウクライナの人々は気さくで、長距離移動の鉄道旅ではコンパートメントに乗り合わせた人とのコミュニケーションも楽しいもの。あれこれ話すうちに約4時間、閑静な地方都市ポルタヴァが見えてきました。

キエフ駅
キエフ駅
ポルタヴァに到着
ポルタヴァに到着
ボルタヴァ駅
ボルタヴァ駅
ポルタヴァの戦い記念碑

ポルタヴァは、大北方戦争における最大の決戦が行われた場所。1709年、バルト海の覇権をめぐり、皇帝ピョートル1世率いるロシア軍とカール・グスタフ・レーンスケルド率いるスウェーデン軍が交戦。勝利したロシアは以後、大帝国への道を歩みます。中央公園には金の鷲を戴いたボルタヴァの戦い記念碑が。他にも市内には「ピョートル大帝休憩の場」の碑、郊外の古戦場には記念館や砦跡があります。

ポルタヴァの戦い記念碑
ポルタヴァの戦い記念碑
ゴーゴリー記念ドラマ劇場

「鼻」「外套」などで知られるゴーゴリーはポルタヴァ出身。学生時代までを過ごし、サンクトペテルブルクで人気作家となり、ドストエフスキーや日本の芥川龍之介にも影響を与えました。町には記念劇場や銅像があり、文豪を誇りにしているよう。生誕200年にあたる2009年には、ウクライナとロシアで「どちらの国の作家か」という論争が勃発。各地で記念行事が行われるなど盛り上がったそうです。

ゴーゴリー記念ドラマ劇場
ゴーゴリー記念ドラマ劇場
ゴーゴリー像
ゴーゴリー像
リヴィフキエフポルタヴァ