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Column コラム

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『錦織圭―頂上への序章』 第1回
素質・性格・環境がすべてマッチし、才能が花開く

2014/09/25

全米オープンでアジア人初の決勝進出という快挙を果たした錦織圭。

全米オープンで大躍進を見せた錦織圭。その背景には、最善の形で才能を伸ばすことができる環境があった。2007年10月撮影。(写真提供:Getty Images)

 先の全米オープンで日本人として史上初めて、男子選手としてはアジアで初めて、グランドスラムのシングルス決勝に勝ち進んだ錦織圭。1989年暮れ、島根県松江市で生まれた錦織がテニスを始めたのは5歳の頃で、父親の清志さんに連れられ、姉と一緒に近くの公園でボールを打ち始めている。清志さんは地元の大学のテニス同好会でプレーしたスポーツマン。会の名前は「ダブルフォルツ」だったとか。やがて地元のテニスクラブに通うようになるが、地方でのテニスとの出会い、まずここに錦織の原点がある。日本のテニスの伝統という土壌の上に、一粒の種が芽を出していくのだ。

 その芽が蕾となり花開いたのは11歳だった2001年。全国選抜ジュニア、全国小学生選手権、全日本ジュニア12歳以下の3冠を達成する。松岡修造氏主宰の「修造チャレンジ」参加など中央で研鑽する中で、日本テニス協会・盛田正明前会長主宰のジュニア育成機関「盛田ファンド」の支援が決まった。テニス愛好家の盛田氏は以前からIMGの創始者マイク・マコーマックと交流があり、2000年に「盛田ファンド」を開設すると、アメリカ・フロリダ州にあるIMGアカデミーに有望なジュニア選手を派遣してきた。

 IMGアカデミーはもともとニック・ボロテリーが開設したもので、アンドレ・アガシやマリア・シャラポワなど多くのトッププロを世に送り出してきた。ボロテリーは選手の素質を見抜く目利きコーチで、世界から集まるジュニアの中で特に有望な選手には別メニューでエリート指導を施す。2003年9月、13歳で渡米した錦織も初めからそのグループでトップ選手と接しながら、素質を伸ばしてきた。そして18歳だった2008年、デルレイビーチでツアー初優勝。日本男子のATPツアー制覇は、前述の松岡氏に続く史上2人目の快挙だった。

 日本選手が海外で必ずしも成果を残せないのは、言葉や食事など文化の違いからくるホームシックが多い。錦織は米国生活をこう振り返っている。

「アメリカに来て毎日、テニスができるのが嬉しくて仕方がなかった。両親には申し訳ないくらい、ホームシックはなかったですね」

 両親によれば、細かなことを気にしない大雑把な性格の子供だったそうだ。部屋も散らかっている方が落ち着くらしく片付けられるのを嫌がる……。日本国内の学校体育の勝敗主義の流れに乗っていたら、素質は伸び伸びと開花しただろうか。

「決勝を一番見てもらいたかったのは盛田さんです。優勝を見てもらうため、きょうは負けました」

 恩人である盛田氏は、所用のため全米オープンには来られなかった。錦織は決勝戦のあと、感謝の言葉を口にして笑った。素質、性格、環境――三位一体となって、世界は広がったのだ。<第2回に続く>

文:武田薫



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