12月27日更新
岡田武史が独自の視点でリーガを斬る!日本代表をW杯ベスト16へ導いた岡田武史が、世界最高峰のリーガ・エスパニョーラを試合ごとに分析。岡田の目が見た、スペインサッカーの神髄とは?
2010年の最終節となった第16節。バルセロナはエスパニョールとのダービーを5‐1と大勝し、変わらない強さを示して年内最終戦を締めくくった。モウリーニョ監督のレアル・マドリードを叩き潰し、バルセロナの強さが際立った今年のリーガ。足早に去り行く2010年を、岡田武史は「54年間生きてきた中でも1番、2番を争う激動の一年だった。関西空港に帰ってきた時、迎えてくれたみんなの目が忘れられない」と振り返り、そして新しいチャレンジへの一歩を踏み出す――――。
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――今回が年内最後の岡田ノートとなりますが、年明けにはヨハン・クライフとの対談番組(「頂上対談!岡田武史×ヨハン・クライフ〜フットボールの理想と現実〜」1月2日(日)深夜0時15分放送!)が放送されます。対談の感想をお聞かせいただけますか?
メディアからの情報として、クライフは非常に特殊な考え方をする、難しい人だというイメージがあったから、こっちも構えて行ったんだけど、会った瞬間からすごくフレンドリーでね。「サッカーでの勝利が人生の全てではない」と、一昔前には聞けそうになかった言葉も聞けたし、現場を離れて人間的にも、ひとつ達観されたんだろうなと思いましたね。
――サッカー観について違いのようなものを感じられましたか?
彼は、人間的にすごく特殊なわけでもない。バルサの哲学にしても、技術の低いチームがバルサのような繋ぐサッカーをしたら、カウンターを喰らって負ける。「それでも哲学を貫くべきか」と聞いたら、それはやっぱり、レベルにあったサッカーで、勝つためにやるんだと言われた。だから、そんなに考えは違わないと、少し安心した部分もありましたね。
――非常に楽しみな対談ですが、岡田さん本人から番組の見どころをお聞かせください。
やっぱり、クライフの“サッカーを見る目の大きさ”かな。サッカーのような複雑系のスポーツは、不定数のNが多い。だから、要素を分解しても、あまり意味がない。例えば、脳や胃を分解したら細胞になる。でも、その細胞を集めたら必ず脳になるわけじゃない。だから、一番大事なのは分解した細胞じゃなく、全体でどう機能するかなんです。
クライフもある意味、そういう考え方を持っている。あのショートパスでプレーするから(攻守の)早い切り替えが可能なわけで、あれがロングボール中心だったら切り替えても、周りに仲間がいなくて成り立たない。あの攻撃があって、守備がある。あの守備があって、攻撃がある。そんな、全体を見る目を持っているんだなと感じました。そして、ゆくゆくは、それがサッカーの中だけじゃなく人生にも繋がるものだと捉えている。そういうところは是非、見てもらいたいですね。
――その哲学が、今の好調バルサの元にもなっているわけですね。
今節もレアルは、ぺぺが相手FKのシュートをカシージャスがはじいた時に、ちゃんと戻ってクリアしていた。そういうことをきっちりやるチームが、今までずっと世界中で勝ってきた。でも、そんなレアルを粉砕しちゃったんだよ。(それを覆したのは)唯一、バルサだけだよね。
彼らは(繋ぐサッカーが)リスクがあるとわかっているのに、その方向を目指し続けてきた。そこに、カタルーニャの血を感じる。負けるかもしれないけど、レアルと同じサッカーはやらないぞと。改めて、そういう歴史を感じさせる対談でしたよね。だからこそ、クライフとはクラシコ後にもう一度話をしたかったんだけど(笑)
――いよいよ今年も終わりですが、この2010年は岡田さんにとって、どんな1年でしたか?
54年間生きてきた中でも1番、2番を争う激動の一年だったかな。年明けは叩かれまくって、5・6月は掌を返され、7・8月と無職になってゆっくりして、9月から仕事を始めたらすごく忙しくなった。この年末になって講演も一通り終わって、やっとこれから自分のやりたいことに打ち込める、というところです。
すごくハードで、大きな試練を与えられた1年だった。でも、これだけハードな時間を過ごしたからこそ、これが何かの実りになって、次に繋がると僕は信じているんだけどね。
――2010年夏に岡田さんは、日本代表を率いて日本全体を“熱く”したわけですが、そういう形で日本を元気にできたことは、やはり監督としても喜びでしたか?
そりゃそうだよね。でも、ひとつ間違えれば、全く逆になる可能性もあった。結局、代表監督みたいな割にあわない仕事をなんでやるかっていうと、最後はいつも「選手やスタッフ、その家族の笑顔が見たい。喜ばせてやりたい」というところに行き着く。でも、申し訳ないけど僕は、それ以上の人たちまで喜ばせたいとは考えられなかった。
ところが、僕らがやったことの結果によって、たくさんの人が喜んで感動してくれた。俺達は自分たちの仲間のことだけ考えて、必死でやった。それが、こんなに多くの人に喜んでもらえる。だから逆に、すごくありがたいし「俺って幸せだなぁ」と思うよね。
――印象に残っている場面などはありますか?
(ワールドカップを終えて)関西空港に戻って来た時に、4200人が出迎えてくれてね。あの光景は忘れられない。僕も今まで、ワールドカップ出場を決めて帰って来た時とか何回か出迎えは受けたけど、今回はちょっと違った。みんなの目の輝きが違うって言うか、“心からの生き生き感”が伝わってきたんだよね。こんな幸せなことって、ないなって思った。「そのためにやったわけじゃないのに」って、申し訳なく思うんだけどさ(笑)
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――今、社会としてそんな熱くなれるようなモノを、若者や会社員などもうまく見つけられずにいるような気がします。この現代社会を、岡田さんはどう見ていらっしゃいますか?
「夢が持てない社会」とか「閉塞感のある社会」とか表現の仕方は色々あるけど、僕は今の社会が抱える問題は、全て“豊かさゆえの弊害”だと思うんだよね。便利・快適・安全な社会は、ある意味、生きる力を落とす。夢に向かって何かしなくても、引きこもっていても生きていけるんだから。こんな国、たぶん他にはないですよ。1年に3万人が自殺して、9万人が行方不明になって、引きこもりが300万人。誰もそれが大変なことだと言い出さない。これはとんでもないことだと思うんですよ。
僕らが子供の頃は、鉄橋の上を歩いて落ちたら死ぬかもしれない、「ドキッっ」て感覚がすぐそばにあった。でも、今はどこかの公園の遊具で怪我したら、全ての公園からその遊具がなくなるような社会で、全部「これは危ない」と言う。豊かさというのは、ある意味、恐ろしいものだと思うんですよね。
――最初から与えられるのではなく、やはり子供の頃から少しずつ何かを達成することが大事ということでしょうか?
例えば僕は、子どもの頃に野球をやっていて、ファーストミットが欲しかった。でも、親父は「アカン。グローブがある」と言って、買ってくれなかった。その時は本当に悔しかった。でも、お金を貯めて苦労して、ようやく自分で買えた時の喜びは、今でも覚えている。あの時、親父がパッと買ってくれたら、確かに嬉しかったと思う。でも、今まで覚えているほどの感動はなかった。そんな全てが整った社会は恐ろしいと僕は思うんです。それは、今の若い人たちが悪いわけでもなんでもないんだけどね。
――では、その生きがいや熱くなれるモノは、どうやって見つければよいのでしょう?
こういう閉塞感に満ちた夢の持てない社会をぶちやぶっていくのは、スポーツであったり文化であったり、目標に向かってチャレンジすることだと思うんです。
そういうものが、今の社会にはなくなってきている。だから今、僕はスポーツや野外活動を通して、生きる力を伸ばすっていう社団法人を立ち上げようとしているんです。クライフもそうだけど、年をとると、そういうことばっかり考えちゃうんだよね。
――とにかく挑戦して、世界を広げることが大事だということでしょうか
要は、今月中にカラオケ5曲マスターするでも、何でもいいんです。とにかくやってみることが大事。カラオケ歌ってみて、声が良かったら歌手いけるかなって思うかもしれない。あるいは、この機械をもっと改良したいと思ってエンジニアになるとかね。とりあえず、やってみれば、色々な可能性が出てくるんです。踏み出さないと何も始まらないんですよ。
――では来年2011年、岡田さんの目標、踏み出す一歩が決まっていたら、お教えいただけますでしょうか。
まずは4月までに、子供たちの生きる力を伸ばす、社団法人を立ち上げようと思っています。具体的に言うと、サッカーのサマースクールをやるんですけど、火の起こし方から教えて自炊させてキャンプをやりながら、環境教育も取り入れていくようなものをテストケースとして考えています。Jリーグのクラブや海外から、いくつか監督就任のオファーをもらったんだけど、そのために断ったから、なんとかそれを軌道に乗せたいと思っています。
直感的に、今がちょうどそういうタイミングなんじゃないかなと思ったんですよね。自分ひとりではたいしたことできないけど、これをきっかけにみんなが立ち上がってくれるような、ある意味社会への啓蒙になってくれればいいなと思っています。

1956年8月25日大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本代表としてロサンゼルス五輪予選、メキシコワールドカップ予選などに参加した(24試合1ゴール)。97年に日本代表監督に就任しフランスワールドカップの指揮をとる。99年にコンサドーレ札幌の監督に就任。2000年にはJ2優勝を果たしJ1昇格を決める。03〜06年には横浜F・マリノスの監督を務め、2003年、2004年と2年連続で年間王者のタイトルを獲得。07年12月より日本代表監督に再び就任。 南アフリカワールドカップでは 日本人監督として初となる勝利を記録し、日本代表を海外開催で初となるベスト16に導いた。
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