
![]()
昨年生誕70周年、くしくも今年50回忌を迎える昭和の伝説的スター、赤木圭一郎。撮影所での交通事故で帰らぬ人となってしまうまで、わずか3年あまりの俳優活動で26本もの映画に出演。石原裕次郎、小林旭に続く第三の男として日活が送り込んだ赤木は、無国籍なムードの日活アクションにハマるエキゾチックな風ぼうで、それまでにはないタイプの俳優だった。今観ても、新鮮でカッコいい赤木圭一郎の魅力を大特集!

父親の囲碁友達が日活のプロデューサーだったことから、誘われるがままにアルバイト気分で日活ニューフェイス募集に応募。1万人を超える応募者の中から、選ばれたのはたったの21人! 激戦を突破し、翌月には端役でデビューすることになった。

「清水の暴れん坊」や「大学の暴れん坊」で頭角を現し始めた赤木に付いたニックネームは、トニー。芸名の赤木圭一郎とも本名の赤塚親弘(ちかひろ)とも関係のない、トニーという名の由来とは? それは映画「お熱いのがお好き」などのハリウッド・スター、トニー・カーティスに赤木が似ていたことから。裏方のスタッフたちが呼び始め、赤木=トニーが世間にも定着していった。
日活ダイヤモンド・ラインを結成し、スターへの階段を上りはじめた赤木。タフガイこと石原裕次郎、マイトガイこと小林旭に続く第三の男として、小林の「渡り鳥」シリーズにならって「拳銃無頼帖」シリーズがスタートする。「拳銃無頼帖 電光石火の男」で共演した赤木ファンの吉永小百合は、緊張して手の震えが止まらなかったとか。ライバルでありながら仲間でもある宍戸錠との「トニーとジョー」コンビは、ガン・アクションはもちろん掛け合いも見ものだった。

赤木の若いころからの、あこがれの職業。それは船乗り! 湘南の海を遊び場に育ち、外国への渡航を夢見て密航したというウワサまであったほど、赤木といえば海、そして船という印象が強かった。そんな赤木がアウトローな船乗りを演じて、代表作となったのが「霧笛が俺を呼んでいる」。ギラギラした浅黒いルックスに、マドロス姿もサマになります!

ケガをした石原裕次郎からバトンタッチされた「激流に生きる男」を撮影中の昼休み、ゴーカートに試乗していた赤木は鉄の扉に激突。意識不明で危篤状態に。一時意識が回復するが、事故から1週間後にとうとう息を引き取ってしまった。抜群のルックスに愁いのある雰囲気、そして早世(=早く世を去ること)したことも重なり、「和製ジェームズ・ディーン」と例えられるように。赤木の臨終には長門裕之も駆け付け、葬儀では入院中だった石原裕次郎の弔辞を長門が読み上げた。