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ラインナップ

  • 「霧笛が俺を呼んでいる」3月10日(水)午前9:50 [193ch]©日活
  • 「打倒(ノック・ダウン)」3月11日(木)午前11:00 [193ch]©日活
  • 「邪魔者は消せ」3月11日(木)午後12:30 [193ch]©日活
  • 「男の怒りをぶちまけろ」3月12日(金)午後12:00 [193ch]©日活
  • 「俺の血が騒ぐ」3月12日(金)午後1:30 [193ch]©日活

赤木圭一郎 21年の生涯

赤木圭一郎の年表
  • 1939年 5月8日、東京・港区の歯科医の家庭に生まれる。
  • 1944年 戦争で湘南へ疎開。そのまま神奈川県で育つ。
  • 1958年 4月、成城大学入学。8月、日活第4期ニューフェイスとして日活入社。

1万人を超える激戦を突破!

父親の囲碁友達が日活のプロデューサーだったことから、誘われるがままにアルバイト気分で日活ニューフェイス募集に応募。1万人を超える応募者の中から、選ばれたのはたったの21人! 激戦を突破し、翌月には端役でデビューすることになった。

  • 1959年 9月、「素っ裸の年齢」で映画初主演。映画「清水の暴れん坊」で石原裕次郎と共演する。
  • 11月、「大学の暴れん坊」で長編映画初主演!

トニーの愛称で人気に!

トニー・カーティス(Archive Photos / Getty Images)

「清水の暴れん坊」や「大学の暴れん坊」で頭角を現し始めた赤木に付いたニックネームは、トニー。芸名の赤木圭一郎とも本名の赤塚親弘(ちかひろ)とも関係のない、トニーという名の由来とは? それは映画「お熱いのがお好き」などのハリウッド・スター、トニー・カーティスに赤木が似ていたことから。裏方のスタッフたちが呼び始め、赤木=トニーが世間にも定着していった。

  • 1960年 1月、石原裕次郎、小林旭らとの日活ダイヤモンド・ラインを結成。
  • 2月、「拳銃無頼帖」シリーズ第一弾「拳銃無頼帖 抜き射ちの竜」が公開。

第三の男、誕生!!

日活ダイヤモンド・ラインを結成し、スターへの階段を上りはじめた赤木。タフガイこと石原裕次郎、マイトガイこと小林旭に続く第三の男として、小林の「渡り鳥」シリーズにならって「拳銃無頼帖」シリーズがスタートする。「拳銃無頼帖 電光石火の男」で共演した赤木ファンの吉永小百合は、緊張して手の震えが止まらなかったとか。ライバルでありながら仲間でもある宍戸錠との「トニーとジョー」コンビは、ガン・アクションはもちろん掛け合いも見ものだった。

  • 3月、「黒い霧の町」でレコードデビュー。
  • 7月、映画「霧笛が俺を呼んでいる」で船乗りに。

マドロス姿がサマになる俳優!

「霧笛が俺を呼んでいる」

赤木の若いころからの、あこがれの職業。それは船乗り! 湘南の海を遊び場に育ち、外国への渡航を夢見て密航したというウワサまであったほど、赤木といえば海、そして船という印象が強かった。そんな赤木がアウトローな船乗りを演じて、代表作となったのが「霧笛が俺を呼んでいる」。ギラギラした浅黒いルックスに、マドロス姿もサマになります!

  • 12月、日本映画協会新人賞を受賞。
  • 1961年 2月14日、撮影所でのゴーカート事故で意識不明に。
  • 2月21日、死去。

早世から和製ジェームズ・ディーンに……。

Hulton Archive / Getty Images

ケガをした石原裕次郎からバトンタッチされた「激流に生きる男」を撮影中の昼休み、ゴーカートに試乗していた赤木は鉄の扉に激突。意識不明で危篤状態に。一時意識が回復するが、事故から1週間後にとうとう息を引き取ってしまった。抜群のルックスに愁いのある雰囲気、そして早世(=早く世を去ること)したことも重なり、「和製ジェームズ・ディーン」と例えられるように。赤木の臨終には長門裕之も駆け付け、葬儀では入院中だった石原裕次郎の弔辞を長門が読み上げた。