バイオグラフィー

ラサーン・ローランド・カーク


ラサーン・ローランド・カーク(Rahsaan Roland Kirk)Birth name: Ronald Theodore Kirkは1936年8月7日米国オハイオ州コロンバスの生まれ。
幼児期に(医療ミスにより)両目を失明、オハイオ州立盲学校で教育を受けます。
12歳からスクールバンドでサックスとクラリネットを演奏。15歳で自身のグループを率いR&Bに根ざした演奏活動を始めました。16歳の時に、自分が一度に三つの管楽器を演奏する姿を夢で見たことから、それを実現するための努力を始めます。最初のアルバムは20歳の頃に録音、その4年後にもラムゼイ・ルイスの働きでアルバム制作を行いますが、その奇抜さが論議を呼び、正当な評価は得られませんでした。
1961年、チャールス・ミンガスのバンドでの演奏旅行を契機に、彼の国際的な評価が高まります。63年以降は自身のグループで米国、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリアなどのツアーを精力的に行い、人気の絶頂期を迎えました。
75年には、脳卒中で体の片側に麻痺を起こす障害に見舞われながらもすさまじい努力でそのハンディキャップを乗り越え、演奏活動に復帰しますが、1977年12月5日、2度目の発作でこの世を去ります。41歳の若さでした。