ステフィン・カリーの父親が語る、息子への愛情と覚醒!
NBAレジェンド、デル・カリー WOWOW独占インタビュー

  • 2018/4/1

デル・カリー

── 今日はお時間ありがとうございます。まずは、あなた自身のキャリアとステフィンの誕生について教えていただけますか?

最初はユタ・ジャズにドラフトで指名されて1シーズンプレーしたけど、次のシーズンへ向かうトレーニングキャンプの前にキャバリアーズへトレードされてしまいました。1987年頃の話で、20代前半だった。そして、これからNBAでどんなキャリアを積んでいこうか考えていた2年目のシーズンにステフィンが誕生したんです。キャブスの本拠地、オハイオ州(クリーブランドの近く)のアクロンで、1988年3月14日に生まれたんです。
生まれて2週間後に妻がステフィンを連れて試合会場に来てくれました。その日の夜に妻に聞いた話だけど、試合を見るためにアリーナへ移動すると、それまでぐっすり眠っていたステフィンがすぐに起きて、試合が終わるまでずっと眠らなかったと。この話を聞いた時、この子は絶対バスケットボール選手になるって思いましたよ。もうNBAの歓声や雰囲気を分かっていたんでしょうね。それから、ステフィンはずっと何かしらのボールを触って育ってきたんです。

── どのようにステフィンを育てていこうと考えていましたか?

私もスポーツに囲まれて育ちましたからね。幸運にも最初の子供が男の子だったから、私と同じように色々なスポーツを体験してほしいと思いました。私は5人兄弟の末っ子で、さらに4人の姉もいました。父は娘たちとは別に、5人の息子たちには様々なスポーツの競技場へ連れてってくれたし、バスケットボールや野球は生活の一部だった。父には本当に感謝しています。だから、ステフィンにも同じ体験を与えたかったんです。

── ステフィンの育て方ですが、バスケットボール選手にするにあたり、何かプランを持っていましたか?

まず、ステフィンの弟(セス)もそうですが、子どもたちにバスケットボールが決して遊びのためにやっているのではなく、仕事としてプレーしていることを理解させました。そうすることで、アウェーで自宅にいない時は、それは仕事としてバスケットボールをしに遠征先へ行っているのだということを理解してもらうことができました。NBAは家族との結びつきを大切にするリーグなので、その選手であったことも大変助かりましたね。チーム練習に子供たちを連れてきて参加させることができたんです。一緒に大切な時間を過ごすことができました。ステフィンは生後2週間からNBAが好きだったように、私と一緒に練習場へ行くことも楽しみにしていたようです。ただ、学校の授業で練習に参加できない時はふてくされていましたけどね(笑)。ステフィンは練習も試合の時も私と一緒にいることができたので、どうやって練習してNBAの試合に臨んでいるかを直接感じることができたと思います。私のチームメイトにも良くしてもらっていましたから、良い体験ですよね。 ステフィンは楽しんでプレーするよりも、真剣に世界一のバスケットボール選手たちから何かを学ぼうとしていました。その態度は、チームメイトにも伝わっていましたし、練習の邪魔をするというよりも、何かを得ようと真剣にNBA選手たちとの練習に参加することを望んでいましたね。

── あなたがステフィンにいつが練習日かを教えたのですか?それとも、いつもステフィンの方から一緒に行きたいと言ってきたのですか?

ステフィンが聞いてきましたね。一緒に練習場へ行きたいと。その時は自分がコーチに確認して、もちろんステフィンのことは知っていましたし、練習の邪魔にならなければと言ってくれました。ですので、チャンスがあれば必ず連れて行くようにしましたね。

── 練習では、ステフィンに基礎や何かを教えたりしましたか?それとも一人にさせていましたか?

基本、一人にさせていました。自分でシュート練習したりはしていましたが、本格的な練習が始まると、ボールを脇に抱えてずっと観察していましたよ。ドリル練習とかね。その中でステフィンは、私の親友でもあるマグジー・ボーグス(元シャーロット・ホーネッツ他/身長160㎝とNBA史上最も身長が低かったレジェンド)のことが大好きだったので、彼のことをずっと見ていたかな。体のサイズも違わなかったから、参考にしていたと思いますよ。

── マグジーと同じ身長だったんですか?

そうですよ。彼はポイントガードで身長も小さかったですしね。家族ぐるみで仲が良かったこともあり、幼い頃はマグジーのことをずっと観察していたはずです。

── では、ボールハンドリングやポイントガードとして能力といったものは、マグジーから学んだのでしょうか?また、あなたの影響は受けなかったのでしょうか?

おそらく、彼のプレーから学んだと思います。私も子供たちには日頃からボールを持つように伝えているし、その感覚を覚えるように教えていました。いつもボールに触れることは重要だし、ドリブルは本当に感触が全てみたいなところがあるし、その意味ではステフィンは誰よりも早い時期から実践してきました。あと、ボールハンドリングのスキルについて言えるのは、私からではないでしょうね。私はいつも監督から“3回しか持つな”と言われていましたからね(笑)。それからもう一つ挙げるとすると、私の母親もスポーツをしていて、バレーボールやバスケットボールをしていて、高校にはスポーツ推薦で入学していたんです。彼女はとても良いディフェンス能力があって、ステフィンと同じく小さい身体だったけど、とても優れたボールハンドリング能力を持っていました。だから、遺伝かも知れないですね。

── 子供のころのステフィンはどんな子供でしたか?物怖じせずにできる子でしたか?

とても社交的で、常に前向きな子でしたね。そしていつもチームメイトを喜ばせることを優先する子でした。どんな時でもチームプレーができるということですね。ステフィンが高校の時、私は既に引退していたのでコーチを請け負っていたのですが、もっと自己中心的なプレーをするようにアドバイスもしていました。試合中に自分がオープンであっても、常にチームメイトを探して、彼らにパスすることを考えたプレーをしていましたから。時にはもっと自分が行くことも必要ですが、ステフィンはチームメイトと一緒にゲームをしているという気持ちが一番強かったようですね。なので、自分がオープンなのには理由があって、その時には自分で行く必要があるんだよと何度も伝えました。そのアドバイスの甲斐もあって、今ではリーグを代表する自己中心的なプレーをする選手になれたんだと思います。

デル・カリー

── ステフィンはNBAのトップ選手であり、いまNBAの顔でもあります。あたなはいつ彼がそうした存在になるだろうと思うようになりましたか?

恐らく大学に入るまではそんなことは思わなかったと思います。それまでは高校でも良い選手でしたが、身長がありませんでした。ですので、ここまでの選手になるとは全く考えもしていませんでした。もちろん、ステフィンはバスケットボールが好きで、大きなハートを持っていて、練習にも真剣に取り組んでいて、素晴らしい選手になろうとしているのは知っていましたが、本当に夢を実現するには運もありますし、本当に大変な努力が必要です。父親としては、ステフィンは一番の息子ですから、チャンスがあれば、それに対するリソースやアドバイスはあげてきましたが、それはあくまで親としての責任であり、決してこちらからゴールを設定したわけではありません。妻とはNBAのことは、現実の世界というよりは、夢のような世界として話していたのですが、それは、決してステフィンがそこに達せない選手だからということではなく、モチベーションを高く持って行ってほしいと思っていたからです。父親として、NBA入りという夢の目標達成に必要なことはできるだけ提供してあげようと思っていました。

── では、大学時代に何か起こったのでしょうか?ステフィンが飛躍したのは、どこがターニングポイントだったと思いますか?

ステフィンが高校生活の最後の年に、チームが州大会の決勝に進むことができました。その決勝戦の最後のシーンですが、チームは1点差で負けていたので、コーチだった私の判断として、一番頼りになるステフィンにシュートをさせる戦術を取りました。その作戦通り、完璧な流れでステフィンがシュートする段階になったのですが、オープンだったチームメイトを見つけたステフィンはパスを選択したのです。おそらく、パスを受けたチームメイトは精神的にも準備ができていなかったため、そのシュートを外してしまい、試合は敗れてしまいました。試合の帰りに、ステフィンに「なんでパスをしたんだい?」と聞くと、「彼がオープンだったからね」と答えました。私は「チームとしては例え難しい状況でもお前にシュートすることを選択していて、チームメイトは準備ができていなかったんじゃないかな」と伝えました。ステフィンはそのことを理解したようでしたが、大学に行ってプレーするにはもう少し自己中心的なプレーをしていかなくてはならないということを伝えたんです。誰かが簡単なショットを決めるよりも、自分の難しいショットを決めることが重要だとね。
その2週間後くらいに、シャーロットでNBA登竜門のサマーリーグが行われていて、2週目の試合にステフィンも出るというので観に行きました。そのことはステフィンも知っていたようです。試合会場の上からそのゲームを見た時、ステフィンは私の知っているバスケットボール選手ではありませんでした。1on1にしても、ドリブルにしても、完全に自分自身のゲームをしているようでしたよ。試合後に帰ってきたステフィンに対して、「ああいうプレーが大学では必要なんだよ、本当は高校でも自己中心的なプレーを見せて欲しかったんだよ」と褒めてあげたんです。そう考えると、その時がターニングポイントだったと思いますし、私も将来素晴らしい選手になるに違いないと確信しましたね。

── ステフィンが自己中心的にプレーできたのは、彼に何かが起こったのでしょうか?

おそらく、サマーリーグで自分よりも大きな能力の高い選手と試合をしたからでしょうね。そして、そういう選手の中でも自分はできると確信したんだと思いますよ。

── ステフィンをNBA選手へ導いていくために、何か特別なことやルールを課したことはありますか?

中学、高校では、基本に忠実なプレーをすることを心掛け、可能性の低いシュートを打たないようにアドバイスしてきました。背面からのシュートであったり、回転を入れたシュートだったり、そういうトリッキーなプレーのことです。ですが、一度だけ、中学の試合でステフィンがシュートをしようとゴール下に切れ込んだのですが、すでにゴール下を通り過ぎてしまっていたので、後ろからボールにスピンをかけてボードに当ててシュートをしたということがありました。ステフィンはそのプレーをまずいと思ったのか、すぐに観客席にいる私を見つけて、“そういうつもりじゃなかったんだ”というジェスチャーをしたんです(笑)。試合後、私は素晴らしいシュートだったよと伝えましたが、それくらいステフィンは基礎的なプレーを心掛けていたということです。

── ということは、ある程度ステフィンが成長するまでは決まったプレーを心掛けるように伝えていたということですね?

ステフィンは私と一緒にNBAの練習へ行っていたので、一流の選手たちがそういう素晴らしいシュートをしているのを誰よりも近くで見ていました。でも、NBA選手たちはあらゆる状況に対応できるトレーニングをしているのであって、最初から同じことができるとは思って欲しくはなかったんです。ですので、まずは基礎、そしてチームプレーを心掛け、試合になった時には自信をもってプレーができるようにしようと伝えていました。

── ステフィンが夢に描いていたNBAとは、どんなところだと思いますか?現在はNBAの顔として存在していますが、このことについてどのようにお考えでしょうか?

ステフィンのことはとても誇りに思っています。私は大学1年が終わった時にプロ選手にはなれるだろうと思っていました。でもその前に、ミシガン州立大学との試合後だったと思いますが、空港でチームのヘッドコーチであるボブ・マキロップが「息子さんはとてつもない年俸をもらう選手になりますよ」と言ったのです。1年生で最初の試合を戦っただけの選手だったステフィンのことをですよ。その時はもう少し上達すれば、NBAとは言わず、ヨーロッパリーグくらいだったらプレーできるのではと考えていましたから。
そして、ステフィンが2年生になった時、私はNBA選手になれると思いました。身体的にも強くなってきましたし、本人も自信をもってプレーしていました。マキロップ・ヘッドコーチもステフィンにはチームの中心選手としてのプレーを求めていて、その要求に対しても大きな成長を感じることができたからです。

── 父親でありながら、元NBA選手であり、色々なチームを渡り歩き、その難しさや環境を知っているだけに、ステフィンが最初の数シーズンでケガに悩まされていた時どんなアドバイスをしましたか?

とても大変だったね。最初のシーズンだから名前を売らなければならないし、同時にリーグのことも学ばなければならない状況でしたからね。そんな時に深刻なケガでコートにも立てない状況では、どうやって今後のためにキャリアを積めばよいか、悩まないわけがありません。とにかく私はステフィンに対して、NBA選手は誰もがケガの経験を糧にして、素晴らしい復活を成し遂げていると励ましていました。ステフィンの足首のケガは手術をすれば治るものでしたので、真剣にリハビリへ取り組む姿勢を促し、復帰することへのモチベーションを高めるため、家族全員でサポートしましたよ。

── 元NBA選手であるあなたのサポート以外にも、ステフィンが復帰に向けて勇気づけられることはありましたか?

ステフィンは他の選手よりも時間があったのは事実で、ウォリアーズもドラフト上位選手ということで、復帰すれば戦力になりうる選手と判断してくれ、気長に待ってくれたということもあると思います。治療に関してもベストな選択を用意してくれましたし、チームも我慢強く経緯を見守ってくれていました。選手が復帰するためには、家族、代理人、チームのフロント、そしてチームメイトらのサポートが必要ですから、それらが全て用意されていたと思います。
あと、私も足首のケガで悩む時期がありましたが、今は医療技術が大きく進化しているので、早く復帰できることも伝えましたね。もちろん、完全に復帰するには、しっかりとしたプロセスを踏んで、焦らずゆっくりと治療する必要があることも話しました。

デル・カリー

── ちょっと話題を変えて、現在のウォリアーズについて聞かせてください。現在のウォリアーズは状態として黄金時代に入っていると見ていいのでしょうか?それともまだ序章だと見ていいのでしょうか?

3シーズン連続でNBAファイナルに進出しているし、間違いなく黄金時代であると言えますよね。ケビン・デュラントの存在もあり、ドラフトや補強もうまくいっているので、この状態はあと5年以上は続くのではないかと思っています。

── ウォリアーズ王朝がしばらく続くということですね?

そうですね。選手たちはまだ若いですし、それでいて経験は豊富になってきていますし、コーチ陣も良いですし、オーナーも正しい方向性に向かっていると思います。何よりもチームとして戦ってきた経験が重要だと思います。それはどうやってプレーオフに進出し、それを勝ち抜き、ファイナルへ行くかという経験が備わっているということです。その経験があるチームは多くありません。プレーオフではどの対戦、どの試合も重要な意味があり、それを理解して戦った経験があるのは、非常に大きなアドバンテージだと思います。

── 誰もが、ダイナスティと言われる黄金時代のことを話したがります。セルティックス、ブルス、レイカーズ、そしてスパーズもそのような時期がありました。ウォリアーズは過去のそうしたチームと比較してどんな状況なのでしょうか?

過去のチームと比較してどうかということですよね。ウォリアーズは対戦チームに合わせるのがうまいと思いますね。シューターにせよ、ディフェンスにせよ、フィジカルを求められる選手にせよ、チームとしてうまく機能していて、ベンチもとても才能ある選手たちが控えています。特にこのチームが強くなった当初はフィジカルを求められることが多く、それにうまく対応していたと思います。今シーズン、どのようにプレーオフを戦っていくかはわかりませんが、どの時代にいたとしても間違いなく上へあがっていくチームであると思います。

── それでは、今シーズンのウォリアーズはどう見ていますか?

勝ち方を知っているチームだと見ていますね。負けたとしても決してパニックにはならず、誰もが全力を出し切るチームだと思います。結果として相手チームも自分たちのベストを尽くさないといけない相手なので、試合自体もとても厳しいものになっています。そんな状況でもウォリアーズは勝ち方を知っているので、最高の状態ではなくとも、オフェンス力、ディフェンス力、そして両方で勝つということを知っているチームだと見ています。全選手がいかなるゲームプランであってもそれに沿って戦えるチームだからこそ、今シーズンも優勝筆頭候補と言われる所以だと思います。ですので、例えリーグ優勝を果たせなくても、プレーオフでは確実に先へ進める、そういうチーム力があると思います。

── 西地区で言えば、どのチームがウォリアーズにとって脅威になると思いますか?

選手のケガなどがなければ、ヒューストン・ロケッツ。クリス・ポールとジェームズ・ハーデンが、あそこまで上手くプレーができるとは驚きました。おそらく、ポールが先にケガをしたことで、ハーデンがここ数年間してきたプレーをコートの外から見ることができたので、ハーデンがハムストリングをケガした時にポールがその穴を埋めるようなプレーを披露できました。その関係性が、お互いを活かすことに繋がったんでしょうね。ですが、ウォリアーズに立ち向かうには、ロケッツの選手がケガなく、ベストなコンディションで戦えることが条件になると思います。

── 東地区ですが、もしキャバリアーズが勝ち上がってきたら、チャンスはあると思いますか?

キャブスは東地区の最有力候補ですからね。ボストン・セルティックスとトロント・ラプターズが頑張っていますが、やはりこれまでのキャブスの経験が大きな役割を果たすと思います。さらにトレード期限での大きな戦力変更により、チームがより若くなり、身体能力の高い選手が増えましたよね。シュート成功率も上がっているようです。大方の人はこれはキャブスじゃないと評価していませんが、それを覆すというモチベーションもあるはずだし、プレーオフへ向けて着実に準備をしているように思えます。やはり、キャブスが東地区の最有力であることは間違いないと思います。

── ということは、4シーズン連続で「ウォリアーズ対キャバリアーズ」のNBAファイナルということになりますね。

そうですね。誰もがこれまでの3シーズンの対戦について語るでしょうが、お互いにお互いのことをよく知っていると思いますし、次のファイナルは接戦になると思いますよ。

── 両チームによるNBAファイナルをずっと見てきていると思いますが、どちらもまだ連覇をしていないですよね?

NBAを連破するということはとても難しいことですよ。自分は優勝した経験がないので、息子の経験でしか話せないのですが、それでもNBAでプレーした選手としてどれだけ優勝するのが大変なことかはわかっているつもりです。誰もが目指していることですし、誰もが最高のプレーをしてくる舞台です。そして、やはりケガというのは大きなインパクトを与えるものになります。ケガという言い訳をすることができますが、それによってタイトルが別のチームに行ってしまうのです。それがNBAであり、スポーツでもあります。そういうことを含めてチームとしてどう戦うかが重要で、両チームとも優勝を目指しているのは明らかですからね。楽しみです。

── 最後の質問ですが、NBAという世界最高のリーグでプレーした選手としてお伺いしたいのですが、ステフィン・カリーはあなたよりも優れた選手だと思いますか?

自分よりも優れた選手であることは間違いないですよ(笑)。まず、ステフィンはMVPを2回も受賞していますよね。その時点ですでに明らかなんです。ステフィンは私以上のことを成し遂げていますし、比べられないくらいの超一流選手ですよ。父親としても、息子が自分よりも優れた存在になって欲しいと思うのは当然ですし、選手として見ても、ステフィンは特別な存在になっていると思います。

── でも父親としては、まだ威厳を保ちたいところはありますよね?

ハハハ。もちろんですよ。どんな対戦であっても、それがゴルフの対戦でも、負けたくはないですし、私は立ち向かっていきますよ(笑)

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