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コラム / 海外ボクシングコラムVol.98

<世界のトップボクサー>
ブラッドリー VS パッキャオ 2
雪辱か返り討ちか――2年ぶりの再戦I

WBO世界ウェルター級タイトルマッチ、王者ティモシー・ブラッドリー(30=アメリカ)対挑戦者の前王者マニー・パッキャオ(35=フィリピン)の12回戦が4月12日(日本時間13日)、アメリカのネバダ州ラスベガス、MGMグランドガーデン・アリーナで行われる。両者は12年6月、今回とは逆の立場で対戦し2対1の際どい判定でブラッドリーが勝利を収め、王座を奪い取っている。以来2年、敗れたパッキャオはもちろんのこと、物議をかもす判定勝ちを収めたブラッドリーも望んだような評価を得ることができず、葛藤を抱えることになった。そうして迎えるリマッチを前に、ふたりは「今度が本当の決着戦」と口を揃える。

両者の初戦は中盤までは明らかにパッキャオが試合をリードしていたが、終盤に入って失速。それに乗じてブラッドリーが追い上げるという展開だった。接戦ではあったが、パッキャオの勝利は揺るぎないものと思われた。のちのアンケートでは試合を見た人の9割以上がパッキャオの勝利を推したほどだった。ところが判定は2対1でブラッドリーに。ジャッジ三者の採点は115対113で一致していたが、そのうちの二者がブラッドリーの勝利を支持したのだ。WBO王座4度目の防衛に失敗したパッキャオは「調子が悪かったのは事実だが、私が勝っていたと思う。なぜ、こんなこと(敗北)になってしまうのか」と、やるせない様子だった。一方のブラッドリーも「途中で左足首を痛めて思ったようなパフォーマンスができなかったし、たしかに効いたパンチもあった。でも、ジャッジが下した判定どおり私が勝ったと思っている」と興奮気味に話したものだった。

この敗北を機に、パッキャオは武運から見放され、選手生命も危ぶまれる状況に追い込まれていく。ブラッドリー戦から半年後の12年12月、パッキャオは過去3戦2勝1引き分けの宿敵、ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)と4度目の対決に臨んだが、6回に右のカウンターを浴びて失神KO負けを喫してしまった。顔面からキャンバスに突っ伏し、ピクリとも動かない姿を見た人の多くは「パッキャオは終わった」と思ったはずだ。2連敗を機に引退を勧める声もあった。プロモーターは4ヵ月後の再起戦を計画したが、パッキャオはそれを断り休養することを選択した。
ショッキングなKO負けから約1年、元6階級制覇王者は中国特別行政区マカオのリングで復帰戦に臨んだ。
元WBA世界ライト級王者、ブランドン・リオス(アメリカ)を相手に、パッキャオは小まめに立ち位置を変えながらスピードと手数で圧倒。大差の12回判定勝ちを収めた。「前回のこと(マルケス戦のKO負け)があったので慎重に戦った。まだまだやれることを証明できたと思う」とパッキャオは満足そうな笑顔をみせたものだ。
しかし、必ずしも良好なデータばかりが揃ったわけではなかった。強豪ばかりが相手とはいえ、09年11月のミゲール・コット(プエルトリコ)戦を最後に7試合もKO勝ちから遠ざかることになった。アメリカでの有料テレビ(ペイ・パー・ビュー)の視聴契約軒数も50万軒を割り込んでしまった。マルケスⅣ戦では120万軒超、ブラッドリー戦でも90万軒を超えていただけに、厳しい数字が突きつけられたことになる。リオス戦を前にフィジカル・コーチがチームを離れたことも要らぬ憶測をよぶことになった。こうしたなか、再起戦直後にパッキャオは35歳の誕生日を迎えた。ボクサーの活動年齢が飛躍的に伸びているとはいえ、あり余るほどの時間があるわけではないことはパッキャオ自身が一番よく分かっているはずだ。

選手生命と雪辱をかけたリングに上がるため、パッキャオは今年に入ってからフィリピンで基礎トレーニングを始め、元オリンピック代表選手らとスパーリングを重ねてきた。3月には名匠フレディ・ローチ・トレーナーの待つアメリカで最終調整を行った。「20代のときのような感覚だよ」と話し、コンディションは上々と伝えられる。

パッキャオは言う。「KOを狙う。それがリスクを伴うものであることも承知している。だから強引にではなく、自然に倒すように戦うつもりだ。それはマルケス戦で学んだことさ。試合が何ラウンドまでいくか分からないが、すべてのラウンドを支配してみせる」

<つづく>


Written by ボクシングライター原功

ブラッドリー VS パッキャオ

ブラッドリー VS パッキャオ

©NAOKI FUKUDA

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