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コラム / 海外ボクシングコラムVol.97

<世界のトップボクサー>
波瀾万丈の「リングの破壊者」
レイモント・ピーターソン(アメリカ)I

ボクシングは様々な意味でハングリー・スポーツの代表格といわれてきたが、昨今は国内外とも大きく事情が変化してきている。才能はもちろん経済面でも恵まれた者が英才教育を受け、成功を収める例も少なくない。しかし、まだまだどん底から逞しく這い上がってきたサクセス・ストーリーの持ち主はいるのである。IBF世界S・ライト級王者、レイモント・ピーターソン(30=アメリカ)は、その典型例といえる。

ピーターソンは1984年1月24日、アメリカの首都ワシントンDCで生まれた。1歳下の弟アンソニーものちにプロボクサーになり、世界ランカーになっている。
この兄弟は幼くして両親と離れ離れになってしまった。父親が問題を起こして収監され、残った母親も育児を放棄して失踪してしまったのである。レイモントとアンソニーは住む家もなくなり、ふたりで路上生活を送ることになった。幼い兄弟は物乞いをしながら命を繋いだという。そんなピーターソン兄弟に手を差し伸べた人物がいた。バリー・ハンターというボクシングのコーチだった。レイモントが10歳のときにハンターは兄弟を引き取り、生活の面倒をみることになる。やがてハンターは兄弟にボクシングの手ほどきをすることになり、ふたりに類まれな才能があることを見抜いた。ハンターはふたりの意思を確認したうえで本格的にボクシングの指導を施すようになり、兄弟も期待に応えてメキメキと上達していった。

01年、17歳になったレイモントはライト級でアマチュアの全米ゴールデングローブ大会優勝を飾り、03年には全米選手権でも優勝した。弟のアンソニーも18歳で出場した03年全米ゴールデングローブ大会で優勝するなど、ふたりは際立った活躍をみせた。
04年9月、レイモントとアンソニーはテネシー州メンフィスで揃ってプロデビュー戦に臨み、ともに1回TKO勝ちで初戦を飾っている。

その後も兄弟は毎回のように同じ日にリングに上がり、勝利を積み重ねていった。S・ライト級のレイモントは06年にWBC米国王座、07年にNABO北米王座、08年にNABF北米王座をそれぞれ獲得。ライト級のアンソニーも06年にNABO北米王座、08年にNABF北米王座を手中に収めるなど、ふたりは快進撃を続けた。揃って世界ランキングにも名を連ね、そのまま一気に兄弟世界王者誕生かと周囲の期待は膨らんだ。

<つづく>


Written by ボクシングライター原功

レイモント・ピーターソン

レイモント・ピーターソン

©NAOKI FUKUDA

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