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コラム / 海外ボクシングコラムVol.88

<世界のトップボクサー>
全勝のまま次々に3階級を制覇
ユリオルキス・ガンボア(キューバ)

04年アテネ五輪フライ級で金メダルを獲得したガンボアは06年12月、チームメートと3人で亡命を果たした。翌春、ドイツでプロデビュー戦に臨んだ。

プロ初戦こそ4回判定勝ちに留まったガンボアだが、以後は持ち前の攻撃力とテクニックで相手を圧倒、2戦目からは8試合連続でKO勝ちを収めた。9戦目ではNABF北米S・フェザー級王座を獲得。さらに10戦目でWBCインターナショナル・S・フェザー級王座、11戦目でNABO北米フェザー級王座獲得と、次々に地域タイトルをコレクションに加えた。そしてデビューから2年、09年4月にはベテランのホセ・チェオ・ロハス(ベネズエラ)を10回TKOで下してWBA世界フェザー級王座を手に入れた。プロ15戦目の早い出世だった。この王座は11年までの2年間に5度防衛することになる。

この間、ガンボアの身には様々なことが起こった。主戦場をドイツからアメリカに移したことも大きな変化のひとつといえる。これはプロモートの最大手トップランク社と提携したためで、極めて重要な決断といえた。11戦目からキューバ人トレーナーのイスマエル・サラス氏の指導を仰ぐことになったことも転機のひとつになった。世界タイトルを獲得するまでに4度もダウンを喫していたガンボアに対し、サラス・トレーナーはガードを上げるようアドバイス。同時に相手の出方に合わせたカウンター戦法を身につけさせたのだ。これにより安定感が増したことはいうまでもない。

世界王者になったとはいえ、すぐに十分な報酬が得られたわけではなかった。娘ブレンダの1歳の誕生日パーティーの際には、金メダルを1500ドル(現在のレートに換算すると約15万円)で売却したほどだった。

ガンボアは10年秋、11年2月、11年8月の3度、井岡一翔(井岡=現WBA世界L・フライ級王者)の指導を請われたサラス・トレーナーと一緒に来日している。上京して荒川仁人(八王子中屋)とスパーリングをしたこともある。 身長166センチ、リーチ165センチとガンボアは決して体格に恵まれているとはいえない。しかし、動物的な勘とスピード、闘争本能でそのハンディキャップをカバーしている。

12年12月には暫定王座とはいえWBAのS・フェザー級王座を獲得。13年6月にはWBAのライト級暫定王座を手中に収め、3階級制覇を成し遂げている。

6年半のプロキャリアで23戦全勝(16KO)の戦績を収めているガンボアだが、資本主義のプロ活動に馴染めないのか、たびたびプロモーターとの摩擦が報じられてきた。このところ試合数が減っているのも、それが原因だ。12月23日で32歳になることもあり、ガンボアはさらなるビッグマッチを熱望している。標的のひとりにはWBC世界S・フェザー級王者の三浦隆司(帝拳)も入っているという。

いまは別々に活動しているサラス氏は、ガンボアの才能と人間性について、こう話している。「彼には飛び抜けた潜在能力がある。加えて人並み外れた努力もしている。だから強いんです。昔はいろいろあったけれど、いまは真面目です。節制して努力を怠らなければ、まだまだ強くなるはずです」

今後の「サイクロン」の動向に注目したい。


Written by ボクシングライター原功

ユリオルキス・ガンボア

ユリオルキス・ガンボア

©NAOKI FUKUDA

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