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コラム / 海外ボクシングコラムVol.85

<世界のトップボクサー>
75%のKO率を誇る驚異の左フッカー
ジョニー・ゴンサレス(メキシコ)

63戦55勝(47KO)8敗。KO率は約75パーセント。重量級ではなく126ポンド(約57.1キロ)を体重上限とするフェザー級でこれだけのKO率は驚異的といえる。この8月24日、ゴンサレスは無敗のスター選手、アブネル・マレス(メキシコ)をわずか1ラウンドで屠り、47個目のKOを記録。併せて約1年ぶりにWBC世界フェザー級王座を取り戻した。日本では「ジョニゴン」の略称で呼ばれる世界2階級制覇王者の足跡を辿ってみよう。

ゴンサレスというと、日本のファンのなかには「西岡の左ストレートで吹っ飛ばされた男」として記憶している人もいるだろう。09年3月、ゴンサレスはメキシコのモンテレーで西岡利晃(帝拳)の持つWBC世界S・バンタム級王座に挑戦。1ラウンドに先制のダウンを奪ったものの3ラウンドに左を浴びてエプロンまで吹っ飛ばされる痛烈なダウン。立ったもののストップされた。

そうかと思うと、11年4月の来日時には長谷川穂積(真正)を右フック一発で4ラウンドTKO、WBC世界フェザー級王座を持ち去ってもいる。こちらをより鮮明に記憶しているファンもいることだろう。長谷川戦でみせたパワーと、西岡戦で露呈した防御の不安定さ。この両面を持っているのがゴンサレスである。強打だけでなく、いまや脆ささえもゴンサレスの魅力といってもいいだろう。

ゴンサレスは1981年9月15日、メキシコのイダルゴ州パチュカで生まれた。フルネームはジョニー・ゴンサレス・ベラ。アルファベットではファースト・ネームはJOHNNYではなく「JHONNY」という綴りが正式名となっている。これは父親のミゲールが間違った綴りのまま気づかずに出生届けを提出したためという。ミゲールは息子の誕生がよほど嬉しかったのか、あるいは単なる慌て者なのか――。

のちの世界2階級制覇王者は12歳のときに元プロボクサーの父ミゲールからボクシングの手ほどきを受けるようになる。当時から潜在的な能力は高かったようで、ナショナル選手権では3度の優勝を飾り、17歳のときにはパンナム大会で銅メダルを獲得した。メキシコの五輪チーム入りするほどだったが、プロで大成を目指していたゴンサレスはオリンピックには大きな興味を示さず、早期プロ転向を決意する。アマチュア戦績は178戦164勝14敗というみごとなものだった。

18歳の誕生日を1ヵ月後に控えた99年8月、ゴンサレスはプロ初陣を迎える。


Written by ボクシングライター原功

ジョニー・ゴンサレス

ジョニー・ゴンサレス

©NAOKI FUKUDA

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