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コラム / 海外ボクシングコラムVol.81

<世界のトップボクサー>
8連続KO防衛中のカザフスタンの豪腕
ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)

昨年のロンドン五輪ミドル級で金メダルを獲得した村田諒太(三迫)をして「バケモノみたいな強さを持った選手」といわしめたのが、このゴロフキンである。04年アテネ五輪の銀メダリストで、プロ転向後は27戦全勝(24KO)。8度の防衛はすべて規定ラウンド内で終わらせている。まさに手がつけられない強さを誇る剛腕だ。

ゴロフキンは1982年4月8日、中央アジアに位置するカザフスタン共和国のカラガンダで生まれた。当時はソビエト連邦の構成地域だった。現在はドイツのシュツットガルトに住んでいる。フルネームはゲンナディ・ゲンナビッチ・ゴロフキン。三つの頭文字をとって「GGG」(トリプル・ジー)の愛称がある。そのほかにGod of War(戦いの神)の異名から来ているという説もある。

アマチュアで頭角を現したのは早く、2000年には18歳で出場した世界ジュニア選手権で優勝を収めている。翌01年、ゴロフキンは日本の土を踏んでいる。大阪で開催された東アジア大会のために来日したのだ。ここではウェルター級の決勝でダニエル・ギール(オーストラリア)に15対3のポイント勝ちを収め優勝。翌年のアジア大会でも当然のように優勝した。

圧巻は03年にタイのバンコクで開催された世界選手権である。ミドル級にエントリーしたゴロフキンは1回戦でマット・コロボフ(ロシア=現世界ランカー)にポイント勝ち。

3回戦では後のIBF世界S・ミドル級王者ルシアン・ビュテ(ルーマニア)に4回KO勝ちを収め、圧倒的な強さで優勝しているのだ。04年のアテネ五輪でも金メダルの本命と目されたが、決勝でロシアの選手に18対28でポイント負けを喫し、銀に甘んじた。
アマチュアでの通算戦績は350戦345勝5敗と伝えられる。勝率は98.5パーセントを超える。92年バルセロナ五輪金のオスカー・デラ・ホーヤ(アメリカ)の228戦223勝5敗(勝率≒97.8%)、2000年シドニー五輪と04年アテネ五輪連覇のギジェルモ・リゴンドー(キューバ)の247戦243勝4敗(勝率≒98.4%)をも上回る驚異的な数字といえる。

プロ転向は06年5月のこと。初陣を88秒KOで飾ったゴロフキンは、その後も当たるのを幸いに倒しまくり、3年半で18戦全勝(15KO)のレコードを残していた。

ゴロフキンがプロの世界タイトルを手にしたのは10年8月のことだった。19戦目にして初めて主戦場のドイツを離れ、パナマでミルトン・ヌニェス(コロンビア)に1回KO勝ち、WBA暫定世界ミドル級タイトルを獲得したのである。しかし、当時の評価は散々だった。ヌニェスがランキング下位(13位)の選手だったこと、誰もが認める正当な暫定王座の設置とはいえなかったことなどが、その原因だった。こうした辛辣な声にゴロフキンは拳で反論していく。


Written by ボクシングライター原功

ゲンナディ・ゴロフキン

ゲンナディ・ゴロフキン

©NAOKI FUKUDA

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