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コラム / 海外ボクシングコラムVol.72

<世界のトップボクサー>
環境を変えて息を吹き返した「コブラ」
カール・フロッチ(イギリス)II

プロデビューから6年半、23連勝(19KO)を収めていたフロッチは08年12月、ジャン・パスカル(カナダ)とのWBC世界S・ミドル級王座決定戦で判定勝ち、悲願の王座を獲得した。パスカルがのちに世界L・ヘビー級で世界王者になったことで、フロッチの勝利は価値が一段とアップしたものだ。

初防衛戦で元王者ジャーメイン・テイラー(アメリカ)を12回TKOで下したフロッチだが、この試合では貴重な経験をしている。

ひとつはアメリカで戦う2度目の試合だったことで、もうひとつは3回にダウンを喫したことである。すぐに立ち上がって事なきを得たが、アマチュア、プロを通じて初めての苦い体験となった。裏返せば彼が一定以上のタフネスの持つ主であることを証明しているデータともいえる。

本当の挫折はテイラー戦の1年後に訪れた。参戦していた最強決定トーナメント「スーパー6」で、ミッケル・ケスラー(デンマーク)に判定負けを喫し、WBC王座を失ったのだ。試合そのものは接戦だったが、敵地での試合という点に加え手数、ヒット数で劣っていたとあっては敗北を受け入れざるをえなかった。「あのときは私の負けだ。言い訳はしない」とフロッチは潔く敗北を認めている。

余談だが、ケスラーはフロッチ戦後に眼疾が判明、王座を返上して療養に努めなければならなかったのだから、こちらも大きな代償を払ったことになる。

ケスラー戦の7ヵ月後、アルツール・アブラハム(アルメニア)との王座決定戦を制して返り咲きを果たしたフロッチだが、1年後の11年12月にはWBA王者アンドレ・ウォード(アメリカ)に判定負けを喫してしまう。34歳での敗北はフロッチの選手生命を脅かすものだったといえる。

このあと、元王者は長年コンビを組んでいたミック・ヘネシー・プロモーターとの関係を清算し、新たにエディ・ハーン・プロモーターと再出発することにした。その初戦が昨年5月のIBF王者ルシアン・ビュテ(ルーマニア)への挑戦試合だった。「負けたら引退」の覚悟を決めていたフロッチは、地元ノッティンガムでの開催に拘りをみせた。

最期になるかもしれない試合を、どうしても地元ファンに見てほしかったのだ。勝った場合はビュテの地元カナダに行って再戦に応じるという条件をのむことで試合にこぎ着けた。

オッズは7対4、もちろん30戦全勝(24KO)のビュテ有利である。しかし、フロッチは初回から飛ばし、5回に猛攻を仕掛けレフェリー・ストップ勝ちを収め、3度目の王座獲得を果たした。

32戦30勝(22KO)2敗。35歳になった「コブラ」は5月25日、ロンドンで再び選手生命を賭けた大一番に臨む。3年前に敗れたケスラーとの再戦の舞台が用意されているのだ。ケスラーも紆余曲折を経て現在はWBA王者として君臨しており、再戦は統一戦というかたちで行われる。発売初日に1万5000枚以上のチケットが売れ、あっという間にソールドアウトになるほどの人気ぶりだ。「今回は3年前とは違った結果を出す」とフロッチは並々ならぬ闘志を燃やしている。

環境を変えて甦った「コブラ」が真骨頂を見せるときが近づいてきた。


Written by ボクシングライター原功

カール・フロッチ

カール・フロッチ

©NAOKI FUKUDA

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