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コラム / 海外ボクシングコラムVol.71

<世界のトップボクサー>
爆発的な人気を誇る猛毒の「コブラ」
カール・フロッチ(イギリス)

168ポンド(約76.2キロ)を上限とするS・ミドル級は、ミニマム級とともに17階級のなかで最も新しいクラスのひとつとして知られる。87年の設立直後は認知度が低かったが、近年はトップ選手を集めた最強決定トーナメント「スーパー・シックス」が開催されるなど、激戦クラスとして注目を浴びている。その主役のひとりが「イギリスのコブラ」カール・フロッチである。

フロッチは1977年7月2日、ユダヤ系ポーランド人の父とイギリス人の母の間にノッティンガムで生まれた。少年時代はサッカーの選手になることが夢だったという。現在も地元の老舗チーム「ノッティンガム・フォレスト」の熱心なサポーターとして知られ、シーズンチケットを持っていたこともあるほどだ。チームとの交流もあり、フロッチは試合に備えてグランドを借りて走り込みをすることもあるのだとか。

そんなフロッチがボクシングを始めたのは9歳のときだった。11歳で初めてアマチュアのリングに上がり、24歳でプロに転向するまでに96戦88勝8敗の戦績を収めている。国内予選3位に甘んじてシドニー・オリンピック出場の機会は逃したが、99年と01年にはイギリスの国内王者になっている。また、01年の世界選手権にも出場し、ミドル級で銅メダルを獲得している。

プロデビューは02年3月のこと。同国のアミール・カーン(元世界S・ライト級王者)のように十代でプロに転じる選手が多いが、フロッチのプロ初陣は24歳8ヵ月と比較的遅かった。

順調に白星を重ねたフロッチは、04年3月にはS・ミドル級の英連邦王座を獲得し、半年後にはイギリス国内王座も手に入れた。プロ転向からわずか2年半の短期間のことだった。

しかし、陣営はじっくりと実力養成の方針を貫いた。世界ランクに名を連ねながらも焦ることなくコンスタントに地域王座の防衛戦をこなしていったのだ。フロッチ陣営が慎重になった理由のひとつとして、当時のS・ミドル級の主が同じイギリスのジョー・カルザゲだったことも挙げられる。賢明な判断だったといえよう。06年5月にはのちの世界王者ブライアン・マギー(イギリス)に11回KO勝ちで英連邦&英国王座を防衛し、07年11月には元世界王者ロビン・リード(イギリス)にも5回終了TKO勝ちを収め、世代交代を印象づけた。

WBC1位まで躍進していたフロッチは08年12月、カルザゲが引退して空位になった王座の決定戦に出場する機会をつかむ。プロ転向から6年9ヵ月、「コブラ」は31歳になっていた。


Written by ボクシングライター原功

カール・フロッチ

カール・フロッチ

©NAOKI FUKUDA

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