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コラム / 海外ボクシングコラムVol.67

<世界のトップボクサー>
4階級を制覇した「フィリピンの閃光」
ノニト・ドネア(フィリピン)

2012年に最も顕著な活躍をしたボクサーとして真っ先に思い浮かぶのがノニト・ドネア(フィリピン)である。2月に4階級制覇を成し遂げ、7月にはIBF王者ジェフリー・マセブラ(南アフリカ)にも圧勝。10月にはWBCの名誉チャンピオン、西岡利晃(帝拳)にも9回TKO勝ち。さらに12月には5階級制覇の実績を持つホルヘ・アルセ(メキシコ)をも豪快にキャンバスに沈めて引退に追いやった。ドネアは「2013年にはS・バンタム級すべての王座を統一し、フェザー級も制覇する」と宣言する。いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのドネアだが、意外にも少年時代はいじめられっ子だったという。

ドネアは1982年11月16日、フィリピンで生まれた。満足に靴も買えなかったほどだというから、経済的には貧しい家庭だったのだろう。「いじめられて泣いてばかりいたよ」とドネアは少年時代を振り返っている。子供のころからコミックやアニメが好きで、架空のヒーローに自分を重ね合わせることで自身を慰めていたのだという。

ドネアが少年時代に一家はアメリカの西海岸に移住。のちの世界王者はそこでボクシングを始めた。11歳のときだった。グローブを手にした理由について、ドネアは「兄のグレンがアマチュアの大会に出てトロフィーをもらってきたときに父がすごく褒めていたんだ。だから僕も父に褒めてもらいたくてボクシングを始めたんだよ」と話している。

16歳でジュニア五輪全米優勝、17歳で全米選手権優勝など、アマチュアでは86戦78勝(8KO、RSC)8敗というみごとな戦績を収めた。KOとRSC(レフェリー・ストップ・コンテスト ※プロのTKOに相当)が少ないのは「パパパパッと打ってはサッと相手から離れていたから」(ドネア)なのだとか。戦慄的なKOを量産する現在からは想像もできない戦い方といえよう。

シドニー五輪の代表最終選考会で敗れたのを機にプロ転向を果たす。ちなみに、このときに決勝で対戦したのがブライアン・ビロリア(アメリカ ※現WBA・WBO世界フライ級王者)だった。

01年2月、アメリカでプロデビューしたドネアだったが、2戦目で早くもつまずいてしまう。この判定負けについてドネアは「体が大きくウェイトも重い相手で、試合途中で自分が拳を傷めてしまった」と回顧している。これがドネアのプロ最初にして唯一の敗北である。

3戦目から連勝を収めたドネアは、やがて「フィリピーノ・フラッシュ(閃光)」の異名を轟かすようになる。コミックのキャラクターにあやかってつけたものだが、サインにも必ず書き入れるほど気に入っている異称だ。

初の世界タイトル挑戦はデビューから7年目の07年に訪れたが、ファンも関係者も大きな期待は抱いてはいなかった。相手が28戦全勝(22KO)1敗のIBFフライ級王者ビック・ダルチニャン(アルメニア)だったからだ。オッズは8対1、もちろんダルチニャン有利と出ていた。

ところが、無名の24歳は驚愕の大番狂わせを起こすのである。

<つづく>


Written by ボクシングライター原功

ノニト・ドネア

ノニト・ドネア

©NAOKI FUKUDA

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