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コラム / 海外ボクシングコラムVol.58

19世紀後半までは素手の決闘だった
~ ボクシングの基礎講座 グローブ編 ~
試行錯誤の歴史と数々の事件

グローブといえば今やボクシングの代名詞のようになっている必須用品だが、着用が義務づけられたのは150年ほど前のこと。それ以前は素手で戦っていたのである。そのグローブ、近年は赤だけでなく青、黒、白、ゴールドなど実にカラフルになった。今回は、そのグローブについて話を進めよう。

ルールによってグローブの着用が義務づけられたのは、1867年のこと。ロンドン・アマチュア・アスレチック・クラブの主催者グラハム・チャンバースが発案したとされる。クイーンズベリーの侯爵が保証人となったことで、この新ルールは「クイーンズベリー・ルール」と呼ばれている。規定にはグローブ着用のほかに1ラウンドを3分とすること、1分間のインターバルを設けること、ダウン後10カウントでKO負けになることなどが記されていた。

ただし、この後もしばらくは素手(ベアナックル)とグローブ着用の併用時代が続く。一般的にグローブ着用が定着したのは1880年代といわれる。実にグローブの歴史は1世紀半近くにも及ぶのである。

グローブに関係するトラブルやエピソードは少なくない。
30年ほど前、米国では試合前にトレーナーが自分の選手のグローブの詰め物を半分近く抜き取り、チェックをかい潜ってそのまま試合が行なわれたことがあった。相手選手の顔が異様に腫れ上がり、結果として眼疾のため選手生命を絶たれたという事件だ。首謀者はボクシング界から永久追放され、実刑を科された。

試合中にグローブが裂けたために戦況が変わった例もある。代表的なのがモハメド・アリ(米)が世界ヘビー級王者になる前、カシアス・クレイという本名で戦っていたときの英国での試合だ。4回、アリは不覚のダウンを喫してコーナーに戻ってきた。いまは亡き名伯楽アンジェロ・ダンディー・トレーナーはアリのグローブの縫い目が小さく裂けていることに気づき、指を入れて割れ目を大きくしたうえでレフェリーに要請した。「グローブを交換してくれないか」

スタッフが会場内を駆け回ってスペアのグローブを探したが、結局はそのまま試合は続行された。通常よりも長い休憩でダメージから回復したアリは次のラウンドでTKO勝ちを収めた。反則すれすれの行為だが、もしダンディー・トレーナーの機転がなかったら、のちの名王者は誕生していなかったかもしれない。

<つづく>


Written by ボクシングライター原功

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