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コラム / 海外ボクシングコラムVol.50

倒れたまま王者になった男たち ~ ボクシングの反則行為II ~

ボクシングの反則行為の数々に関しては前回に説明したとおりだが、今回は実際に反則によって勝負が決した世界戦を例に挙げてみよう。


120年近い近代ボクシングの歴史上、相手の失格による、いわゆる"反則勝ち"で世界チャンピオンになった選手は何人かいるが、もっとも有名なのはヘビー級のマックス・シュメリング(ドイツ)ではないだろうか。


1930年6月、ニューヨークのヤンキー・スタジアムで行われた世界ヘビー級王座決定戦でのこと。4回、シュメリングはジャック・シャーキー(アメリカ)のローブローでダウン。試合続行を促す主審の要請に首を横に振り、シュメリングは幸運な反則勝ちを拾っているのだ。8万人近い大観衆の前での出来事だった。


WBCの初代ライト・フライ級王者の誕生シーンも異様だった。12回、フランコ・ウデラ(イタリア)は相手選手のパンチを背中に浴びてキャンバスに崩れ落ちた。主審はカウントを数え始めたが、途中でウデラ本人が反則打であることをアピール。これを受け入れて相手選手に反則負けが言い渡されている。ダメージを強調するためか、はたまた恥ずかしさのためか、あるいは嬉しさを隠すためか、ウデラは顔にタオルをかけたまま担架に乗せられてリングを去っている。75年4月、ウデラの地元イタリアでのことである。


翌76年6月にも反則決着で王座の移動があった。スペインで行われたWBC世界スーパー・ライト級タイトルマッチでのこと。日本にもお馴染みのセンサク・ムアンスリン(タイ)は地元スペインのミゲール・ベラスケスを圧倒。いつKOするかという展開だったが、4回終了ゴング後にローブローを見舞って挑戦者を倒してしまったのだ。ダブルの反則である。ベラスケスのダメージをみたレフェリーはドクターのアドバイスに従い試合を止め、センサクに反則負けを告げた。この間、ベラスケスは自分が新チャンピオンの宣告を受けるまで5分もリングに横になったままだったという。


もっとも、いまでは状況に応じて反則でダメージを負った選手には、最大5分の回復時間が与えられることになっている。それでも試合が続けられない場合は協議によって結果が決められるが、"倒れ得"を防止するために続行不能者にTKO負けが宣せられるケースもある。上記3件とも現行ルールでは文字どおりどう転んだか微妙なところである。


王座交代はなかったものの近年でもっとも有名な反則決着のひとつに、97年6月のイベンダー・ホリフィールド(アメリカ)対マイク・タイソン(アメリカ)のWBA世界ヘビー級タイトルマッチがある。両者は前年にも拳を交えており、そのときは挑戦者だったホリフィールドが11回TKO勝ちを収めていた。因縁含みの再戦もホリフィールド有利で試合は進行。そんななか3回にハプニングは発生した。揉み合った際にタイソンがホリフィールドの耳に齧りついたのだ。しかも2度も。ホリフィールドの右耳は無残に喰いちぎられ、のちに縫合手術を受けなければならないほどだった。


反則負けのタイソンは3,000万ドル(当時のレートで約35億円)の報酬を凍結されたうえ、ライセンスも没収された。噛み付いたために踏んだり蹴ったりの結果になってしまったわけだ。この歴史的ハプニングを米国のメディアは「Fight Of The Year」に引っ掛けて「Bite(噛み付き) Of The Ear(耳)」と皮肉った。


この両者が公衆の面前で仲直りしたのは事件から実に14年後、昨年12月のWBC総会でのことだった。




Written by ボクシングライター原功

「Bite Of The Ear」という愚行を演じたマイク・タイソン

「Bite Of The Ear」という愚行を演じたマイク・タイソン

©NAOKI FUKUDA

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