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コラム / 海外ボクシングコラムVol.117

<世界のトップボクサー>
ドネアを倒したカリブの豪腕
テレンス・クロフォード(アメリカ)I

アメリカの中西部に位置するネブラスカ州は、ボクシングに関しては長いこと不毛の地という位置づけにあった。しかし、WBO世界ライト級王者、テレンス・クロフォード(27)が登場したことで、いまは大きな注目を集め始めている。14年6月には同州オマハで実に42年ぶりとなる世界戦も行われた。今回は「ハンター」の異名を持つネブラスカの英雄、クロフォードを紹介しよう。

テレンス・アラン・クロフォードは1987年9月28日、ネブラスカ州で最も大きな都市オマハで生まれた。ふたりの姉妹との3人きょうだいで、クロフォードは長男だった。軍人だった父親と祖父はアマチュアでボクシング経験があり、叔父もまたボクサーだった。さらに離婚した母親の兄弟もボクサーだったというから、クロフォードがグローブを手にしたのは自然の成り行きだったのかもしれない。クロフォードは7歳のときに従兄弟とともにボクシングを始めた。レスリングやフットボール、バスケットボールにも興味を示したが、「父親に強制されたわけではなく、戦うことが好きだからボクシングを選んだ」と、20年ほど前を振り返っている。

父親や祖父、叔父らの指導を受けたクロフォードはアマチュアでは約70戦をこなし、本人の記憶によれば「60勝10敗ぐらいの戦績だった」という。興味深いのは、現在も活躍するトップ選手たちと数多く手合わせしていることである。06年の国内選手権では初戦でマイキー・ガルシア(元フェザー級、S・フェザー級王者)にポイント勝ちを収めたが、準決勝でダニー・ガルシア(現WBA・WBC世界S・ライト級王者)に21対20の1ポイント差で敗れて銅メダルに甘んじた。同じ年の別の大会ではダニー・ガルシアと再び拳を交え、このときは3対2のポイント勝ちを収めている。また、07年のオリンピック・トライアルでは準々決勝でサダム・アリ(現ウェルター級世界ランカー)に敗れたが、敗者復活戦ではディエゴ・マグダレノ(現S・フェザー級世界ランカー)に勝っている。しかし、アマチュア時代は傑出した実績を残したわけではなく、06年の全米選手権準優勝が最高の成績だった。

北京オリンピックの夢を絶たれたクロフォードは08年3月、プロ転向を果たした。初戦でわずか26秒のKO勝ちを収めた20歳は、その後も順調に勝利を積み重ねていく。


Written by ボクシングライター原功

テレンス・クロフォード

テレンス・クロフォード

©NAOKI FUKUDA

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