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コラム / 海外ボクシングコラムVol.111

<世界のトップボクサー>
骨肉腫を克服して世界王者に
ダニエル・ジェイコブス(アメリカ)I

強豪ひしめくミドル級に、またひとりスター候補が誕生した。それが29戦28勝(25KO)1敗、KO率86パーセント超の強打を誇るジェイコブスである。一見するとエリートにみえるこの27歳のパンチャーは、その見かけとは異なり数多くの挫折を乗り越えて現在の地位に辿り着いた。

8月9日、米国ニューヨークのブルックリン、バークレイズ・センター。トリプルマッチの最初にリングに上がったジェイコブスはジャロッド・フレッチャー(オーストラリア)に5回TKO勝ちを収め、地元ファンの前でWBA世界ミドル級王座を獲得してみせた。試合開始早々にダウンを奪い、5回には連打をたたみかけてレフェリー・ストップを呼び込むという文句なしの勝利だった。「世界王座を獲得するなんて、これほど素晴らしいことがあるだろうか。人生で最高の瞬間だよ」。そして、リングサイドで応援しながら観戦していた友人のピーター・クィリン(アメリカ=当時のWBO世界ミドル級王者)に向かって対戦を呼びかけた。「彼とはよく会っている仲間だけれど、ブルックリン対決をしたいね」

ジェイコブスは1987年2月3日、ニューヨークで生まれ育った。家庭環境に恵まれなかったジェイコブスは祖父母に育てられ、13歳の時にボクシングを始めた。

アマチュアでは144戦して137勝7敗という好戦績を残している。03年にジュニア・オリンピックの全米王者になり、04年には全米ゴールデン・グローブ大会のウェルター級で優勝し、翌年にはミドル級も制した。06年にも米国王者になった。オリンピックを目指す道もあったが、ジェイコブスはプロ転向を選択。07年12月、20歳でプライズ・ファイターの仲間入りを果たす。フロイド・メイウェザー(アメリカ)対リッキー・ハットン(イギリス)のWBC世界ウェルター級タイトルマッチの前座で初陣に臨み、ジェイコブスはわずか29秒でTKO勝ちを収めた。

その後もオスカー・デラ・ホーヤ(アメリカ)対スティーブ・フォーブス(アメリカ)、デラ・ホーヤ対マニー・パッキャオ(フィリピン)など大舞台の前座に起用されることが多かった。それはゴールデンボーイ・プロモーションの期待の表れともいえた。デビューから2年半、ジェイコブスは20戦全勝(17KO)という完璧な戦績を残していた。このなかには、のちのIBF世界S・ウェルター級王者イシェ・スミス(アメリカ)に判定勝ちを収めてNABO北米ミドル級王座を獲得した星や、NABF北米王座決定戦を制した白星も含まれている。目の肥えたリングサイダーのひとりは「ヘビー級のパンチ力とライト級のスピードを併せ持ち、かつベテランの巧さを持つ23歳のミドル級」と最大級の評価を与えていたものだ。当時のジェイコブスには「ゴールデン・チャイルド」のニックネームが、それが誇張に聞こえないほどの勢いがあった。

WBO1位まで躍進したジェイコブスは10年7月31日、ラスベガスでWBO世界ミドル級王座決定戦に臨む。相手のドミトリー・ピログ(ロシア)も16戦全勝(13KO)の強打者だったが、予想はジェイコブス有利に傾いていた。実際、4回までは23歳のニューヨーカーがジャッジ三者の採点では39対37でリードしていたのだ。 ところが、大どんでん返しが待っていた。


Written by ボクシングライター原功

ダニエル・ジェイコブス

ダニエル・ジェイコブス

©NAOKI FUKUDA

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