右からVE小田切、カメラ:小島、ディレクター:牧野、音声:畑(ハタボー)、コ ーディネーター:大嶋)
一昨年撮影したベトナム編より、5.1chサラウンドで収録、放送を始めたレイルウェイストーリー。背後からの音声も重要視し、より臨場感も増したと自画自賛している制作スタッフの面々である。しかしながら今回の旅は、先進国のフランス〜ドイツ、しかも高速列車の旅ということもあり、サラウンド収録の生かし方が出発前から検討された。今回音声・録音を担当したのが、映画やドラマの現場で場数を踏んだ畑幸太郎氏、通称ハタボーであった。フランスパート1のテーマは、ノートルダムの鐘の音。
 ロケ出発前、パリ、ランス、ストラスーブールと全部ノートルダム大聖堂って同じ名前ジャンなどと言いのがれをするも、ディレクターの私から、でもヨーロッパの人は、『自分の町の鐘の音を聞くと故郷を感じるらしいですよ』などとウンチクを垂れられ、『じゃ、頑張る』とおっさんらしからぬ満面の笑みを浮かべるのであった。
 ユーゴーの小説『ノートルダム・ド・パリ』に登場するパリの大聖堂。ノートルダムとの名を聞いて多くの人々が思い浮かべるのがこの大聖堂であろう。より良い集音ポイントで収録する為、カメラとは別ポイントへ移動する我らがハタボー。そして時間は、お昼の12時。鐘が確実に12回は鳴るであろう! 検討を祈った。パリに鳴り響くノートルダムの鐘の音。そして…収録現場から帰ったハタボー最初の一言。『全然ダメジャーン』。その言葉の真相は、夏のヨーロッパにあり! 大聖堂前の広場では大道芸やバンドの演奏が清き鐘の音を妨げ、正に積み重なった雑音の渦であったのだ。初戦のパリのノートルダム大聖堂惨敗!
 ある雑誌の調査では、世界遺産で最も行きたい場所ナンバー1にのぼるモン・サン・ミシェル。神秘の修道院は、現在も修道士が祈りを捧げる神聖な場所だ。我々の滞在は、1泊2日。当然修道院以外の周辺取材もある為かなりタイトなスケジュールであった。到着日、まず修道院内部を撮影。15分おきに鳴る鐘の音は、カーンと1発鳴るだけでサミシーかぎり。ハタボー戦々恐々としながら、内部の撮影は進んだ。そして突然。修道院内に響く轟音のような鐘の音! 聞けば朝夕のミサの前に、モン・サン・ミシェルは鐘の音に包まれるのだとか、音が鳴り止んだ跡、ディレクターの私は、ハタボーに駆け寄り詰め寄った! 『音どうでした!』そして耳を疑う一言が! 『バッテリーがおっこった』。とどうやら、常に鐘が鳴っても良いように機材電源をonの状態に待機していたようだ。
 そして肝心な時、電池はデリート。『全然ダメジャーン!』気を取り直し翌日。ミサ前に鳴ると知っているならば話しは別だ。最後のタイミング夕方のミサ前に修道院前に待機。鐘の轟音を待つハタボー。そして検討を祈る他のスタッフ! しかしながら予定時刻15分後になり響いた鐘の音は『カ〜ン』の一発だけであった。
 コーディネーターの大嶋さんに、モン・サン・ミシェルの担当者へ電話確認をしてもらったところ。『そう、私たちも今日は鐘が鳴らないわね、と話していた所なの』などとトボケタ返事。結局タイムオーバーとなり収録は叶わなかった。ハタボー『モン・サン・ミシェルの嘘つき』の言葉を残し聖地を後にするのであった。
 歴代25人ものフランス国王戴冠式が行われてきたランスのノートルダム大聖堂。外観を彩る『微笑む天使の像』が旅人を優しく迎えている。  パリからTGVでランスに到着した我々は、真っ先に大聖堂へと向かった。そしてハタボーよりも先に、声を発したのはカメラマンの小島氏であった。『全然ダメジャーン!』ヨーロッパの古都ではありがちではあるが大聖堂前の広場は大規模な修復中、工事車両が出入りし、ドリルの音が炸裂しているではないか! 無駄とは知りつつ、大聖堂をグルリ1周する、我らがハタボー。私に向けられた答えは予想通り『やっぱりダメだね』であった。万人に微笑を投げかける天使の笑顔も、  自分をあざ笑う、薄ら笑いにしか取れないハタボー。『もう大聖堂嫌い!』の言葉を残し聖地を去るのであった。
 ドイツと国境を接するストラスブール、戦争の度に、領土はフランスとドイツの国を行き来した。その様子が、ドーデの『最後の授業』にも描かれた、まさに歴史に翻弄された町である。この町のノートルダム大聖堂もまた、ゲーテが『荘厳な神の神木』と称えた壮麗な大聖堂である。大聖堂の撮影は無事終了。先を急ぐ私に、声を投げかけたのは、ビデオエンジニアの小田切氏であった。ハタボーが鐘の音を録りたいらしいので、ちょっとだけ待ってもらえますか? と、時はお昼の12時5分前、まさに絶好の機会ではないか! うっかりしていた私をよそに、録音のベストポイント探しへ、姿をくらますハタボーであった。そして12時! フェイントか? と思えるすこし控えめな鐘の音の後、響く轟音。
 まさにストラスブールの町を歓喜させるべく、すさまじい鐘の音が人々を包み込んだ。その時間約15分。フランス編パート1、最後にして絶好の音が収録出来たのである。
 収録後、満面の笑みを湛え『聴いてみる? 聴いてみる?』とヘッドホンをスタッフ全員に差し出した事は、言うまでもあるまい。
5.1chサラウンドの音声収録。自然音であり、まさに空気間を演出するこの音集め作業は、まさに『目に見えない』重要な仕事である。
大聖堂の鐘の音は、本当に一例であり、タイトなスケジュールながら今回のロケでは、様々ないい音が収録できた。
フランス編パート1を例に挙げると駅構内のアナウンスや、列車の走行音は、言うに及ばず、モン・サン・ミシェルのレストラン『ラ・メール・プラール』での小気味いいオムレツ作りの音や、ストラスブールの大道芸人の演奏など、臨場感溢れる音声が演出できた。
視聴者の皆様に、さりげないコダワリの現地音を味わって頂ければ、ハタボーは、『ノートルダム大聖堂怖い』などと愚痴をこぼさず、これからも善戦してくれるであろう。





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