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TOPへ ディスコの時代と人々
「MUGEN」「アフロレイキ」「キサナドゥ」「マハラジャ」「GOLD」「ジュリアナ」、東京の夜を彩った「ディスコ」と「人々」の伝説…。
1968年、東京赤坂に伝説のディスコ「MUGEN」が登場してから40年。その始まりから、70年代中期から80年代中期までの一大ディスコブーム、そして、バブル崩壊とともにディスコ文化が衰退していく90年代中期までを中心に、「東京のディスコの歴史」を紹介。当時関係した人々(経営者、プロデューサー、DJ、客)の証言や貴重な映像資料、そしてもちろんフロアを満たしたディスコミュージック等により、「ディスコという文化」を検証する。ディスコ黄金期をリアルタイムでフィーバーした世代はもちろん、当時をまったく知らない世代にも楽しめる「あの頃の東京の物語」。
小林克也
小学生の頃からラジオの英語放送を聞き、独学で英語力を身に付け、高校では英語部の部長を務める。慶応大学在学中よりガイドや司会業を始める。29歳で ラジオのDJを始め、1976年に伊武雅人らと「スネークマン・ショー」を結成し話題に! その後は現在にいたるまで、TV、ラジオのパーソナリティ、俳優、ミュージシャンとして幅広く活躍している。
パパイヤ鈴木
幼少の頃より父親のラテン音楽を聴き、気がつけば踊っていた。高校時代、バンドで米軍キャンプをまわる。16〜21歳までの間、ダンサーから振付師として活動。'86CBSソニー(現ソニーミュージックエンタテインメント)で振付、タップダンスの インストラクターを務める。'98 パパイヤ鈴木とおやじダンサーズを結成、'00 初の全国ツアーを行う。おやじダンサーズとしてツアー、イベント、TV出演の他、振付師・俳優・作詞/作曲、アレンジャー、マニピュレーター、プロデューサーとして幅広く活躍。